2013年02月08日

ポール・ニューマン『暴力脱獄』

 ポール・ニューマンファンとしては食指が動いたが、如何せん『暴力〜』というタイトルに引っかかってしまっていた。ところが、なんと、邦題はメチャクチャだった。原題は「Cool Hand Luke」。
 横文字に疎い私としては、語感から「冷静な男」などとイメージしてしまったが(まぁ、それでも邦題よりはマシか!)、ポーカーでの“いいテ”を指しているようだ。もちろん、ハッタリでの勝利の時に、うそぶくセリフだが、「ポーカーフェイス」と二重写ししてしまった。「クール」は格好いいとか素敵とかの意味もあるが、“Cool Hand”には「図々しい奴」とかの意味もあるらしい。

 ちょっと調べて驚いたが、マーロン・ブランドとは一歳違い。ポール・ニューマンの方がもっと若いと思っていた。スターになったのがマーロン・ブランドよりかなり遅れていたからの勘違い。それに、売れ始めた頃、「第二のマーロン・ブランド」などと言われ腐っていたらしい。

 映画に戻ろう。一緒に鑑賞した、若い友人は、ちょい役で出たデニス・ホッパー(『イージー・ライダー』の監督兼主演、もう一人の主演は言わずと知れたピーター・フォンダ)に気がついたり、「これはアメリカン・ニューシネマか」とつぶやいてもいた。『暴力教室』の正統的社会派の系譜に連なるが、言われてみれば、アメリカン・ニューシネマの趣もある。『暴力脱獄』の1967年には、アメリカン・ニューシネマの先陣を切ったと言われている『俺たちに明日はない』、そして69年に至って『イージー・ライダー』、『明日に向って撃て!』、『真夜中のカーボーイ』である。

 さてWiki-pediaによればポール・ニューマンは、1960年代から70年代にかけて積極的な反戦運動ならびに公民権運動を展開。活発な運動と過激な発言は、当時のニクソン大統領から「ホワイトハウス・ブラックリスト」にも、その氏名が記載され、ブッシュ政権の富裕層減税に対して「私のような富豪から税金を取らないのは馬鹿げている」と批判した、とある。

 マーロン・ブランド、ポール・ニューマンの衣鉢を継ぐのはブラッド・ピットだと思っているのだが……(苦笑)
posted by 風游 at 20:37| 沖縄 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 1951年の『欲望という名の電車』(マーロン・ブランドがスタンリー役)と、ポール・ニューマンが1958年の『熱いトタン屋根の猫』で、競演が片やビビアン・リー、此方、エリザベス・テイラーですからね。
 マーロン・ブランドと一歳違いだったと思わなかったのは仕方がない(言い訳)

Posted by 風游 at 2013年02月26日 19:54
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