2015年03月25日

水木洋子『浮雲』

 ちょっと前(20日?)の朝日新聞 be「映画の旅人」は成瀬巳喜男「浮雲」。
 どうも優等生女優のイメージがつきまとってしまう高峰秀子ですが、森雅之とのどうしようもない男と女のあてどない道行きは、情けなくも哀れを催してしまいました。「なんでこんな男に!」なんていう感懐は林芙美子の独壇場でしょう。もちろん、高峰・森の名演技をくさすつもりはさらさらありません。
 「私は林さんほど男には絶望していない」という脚本家の水木洋子が、不実な男が女の死に向き合い号泣する場面をラストシーンとしてこだわり、成瀬巳喜男を押し切った、というエピソードが語られていました。しかし、号泣していた男が、原作同様、女の死の一か月後には再び女遊びに手を染めることもある、と思いました。そう、映画を見た時にも、この男はこれからどう生きてゆくのかと不安(笑)になったものです。ですから、水木さん、貴女の想いと、やはり林芙美子とは生きてきた世界が違うようです。

 それと屋久島です。あんな風に書かれたら、屋久島の人達は怒り出さないか、とも思いました。もう二人は「逃避行」ではないのにもかかわらず、「逃避行」としてしか屋久島へはたどり着けないのですから、踏んだり蹴ったりではないですか。ゆき子の終焉の地です。

 be で絶賛されたセットの伊香保温泉ですが、映画「浮雲」では、あの石畳階段で伊香保温泉とわかりましたが、単に鄙びた温泉街でしかなかったように記憶しています。
 私にとって、父親の伊香保温泉への社員旅行に連れて行って貰ったときの印象が強く残っています。左右に温泉宿が建ち並ぶ石の階段(そこでの射的屋!スマートボール!)は、華やぎとともに、子ども心にも哀愁を感じさせました。そして、翌朝、部屋のベランダ?から見た雲海の素晴らしかったこと。

 水木洋子は、今井正とのコンビでの「また逢う日まで」、「ひめゆりの塔」。そして極めつけは「純愛物語」です。そう、彼女は健康なのです。だから、今でも江原真二郎・中原ひとみが目に焼き付いている「純愛物語」が書けたのでしょう。子ども心に、「純愛物語」のラストシーンで、私は号泣してしまいました。
 「ひめゆりの塔」(1953年)と言えば、翌54年からは「新諸国物語・笛吹童子」が始まります。そう「純愛物語」も東映です。二本立て・こども40円?でしたか。毎週のように、日曜日の午前中は「映画館」でした。

posted by 風游 at 19:08| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。