2015年11月12日

高倉健『夜叉』そして田中裕子vsいしだあゆみ

 高倉健といえば、薄ぼんやりとデビュー作の『電光空手打ち』56年のポスターを覚えているが、56年といえば「笛吹童子」・「紅孔雀」に始まる東映子ども向けチャンバラ映画の「大スター」中村錦之助が年間20本、30本と主演していた頃。
 錦之助ファンとしては、かの名作たる『宮本武蔵』での、佐々木小次郎役での高倉健を想い出す(若い友人は、この高倉小次郎を観て絶句していた)。63年の『宮本武蔵・二刀流開眼』(監督は内田吐夢、全5部作の第3作目)である。翌年に『宮本武蔵・一乗寺の決斗』、翌々年の65年に『宮本武蔵・巌流島の決闘』となるが、高倉健にとっては、この時期は第1回目の転機か。

 1963年は『人生劇場 飛車角』(宮川役。飛車角=鶴田浩二。ただし吉良常=辰巳柳太郎、おとよ=藤純子の68年作の『人生劇場 飛車角と吉良常』を覚えているが、吉良常=月形龍之介の方は記憶にない)、64年は『ジャコ万と鉄』(ジャコ万が丹波哲郎)、そして錦之助を脇に配した『日本侠客伝』である。そう、「やくざ映画」爆走の黎明期である。そうだ、忘れてはならないのが、『森と湖のまつり』(58年公開、原作・武田泰淳、監督・内田吐夢)の「風祭一太郎」。しかし、この役は敵役を演じた三国連太郎の方がふさわしいともっぱらの評判である。まだ20代の健さんでは可哀想か。しかし『ジャコ万と鉄』は「良かった!」との印象が残っている(もっとも、何十年も経ってからのビデオ鑑賞だが)。だからというわけではないが、「一太郎」は三国にやらせて、脇に回った方が良かったとも言えるが、俳優としては「ひよっこ」の健さんとしては会社の言いなりだった時代であろう。

 第二の転機は、「やくざ映画」が実録物=『仁義なき戦い』!に取って代わられた75年『新幹線大爆破』、76年『君よ憤怒の河を渉れ』、そして77年の『幸福の黄色いハンカチ』(77年は『八甲田山』もヒットした)か。78年『冬の華』、『野性の証明』である。
 80年は吉永小百合と共演した『動乱』と、中野良子に取って代わって、倍賞千恵子が躍り出た『幸福の黄色いハンカチ』に続く『遙かなる山の呼び声』。81年は、『駅 STATION』(「増毛」に行きたくなった!雄冬は国道が開通してもはや陸の孤島ではなくなってしまった)である。

 83年の『居酒屋兆治』は倍賞千恵子に代わって大原麗子で、女房役がなんと加藤登紀子である。どちらの役も倍賞千恵子のニンではないが、釈放されて警察署から出てくる高倉健を待ち受ける加藤登紀子のえもいわれぬ「既視感」。しかし大原麗子との共演はこの一作。翌々85年の『夜叉』は、とうとう田中裕子である。

 女房役がいしだあゆみ。『駅』では冒頭、離婚させられた女房役(ずっと再婚もせず、引き取った息子を育て上げる)でしかなかったが、ここでは、田中裕子とがっぷり組み合った。10代の頃からアイドルとして一世を風靡した(ファンでしたよ)が、儚げで不幸を身に纏っているように見えても、(実生活はともかく)芯の強さを垣間見せている。

 圧巻は、高倉健と田中裕子が二人きりでしみじみ飲み交わしている田中裕子経営の居酒屋「蛍」に現れ、高倉健に代わって田中裕子に対して徳利を注ぐ場面。三者三様に素晴らしい演技だった。まぁ、そんな時は、居心地悪く、しかし、さりげなく横を向くしかないですね、男としては。
 だが、その後、田中裕子のどうしようもない「男」(ビートたけし)の救出にミナミに向かう健さんに、いしだあゆみが「あたしとの15年はなんだったの」となじる台詞は言わずもがなでした。二人とも、生きて帰ってくるとは思ってもいないシーンでしたが。ここですかね、「夜叉の血が騒ぐ」というとんでもないこじつけでストーリーをつなぐのは。もちろん、いしだあゆみが取り乱したら「お芝居」はぶち壊しですから、玄関の前で立ちすくむしかないのでしょう。そしてラスト、「あんたはミナミがよく似合う」という田中裕子の口説きも振り切って、駅で見送る高倉健。でも、演出上でしょうが、「ミナミ」で羽振りをきかせていた頃の健さんは「イモ」でしたよ。
 『冬の華』では、北(足を洗い、北海道の木工場に職を求める)にも行けませんでしたが、美浜(映画では「美国」?)日向で、いしだあゆみと添い遂げ、漁師を全うするでしょう。封印した「夜叉」がいつ何時、覚醒するかは心配ですが。

 ついでといっては何ですが、奈良岡朋子でしょう。あんなに貫禄があり、美しい「霊代」役は初めてです。実際にも大滝秀治亡き後は劇団民芸の代表になっています。

 話は田中裕子に戻る。ファンというわけではない(いゃー、あんな女、怖くて怖くて、というところ)が、前にも書いたが、高倉健の晩年は田中裕子で決まり、でしたね。「あの若さで!」と思ったら、『夜叉』の時は、田中裕子30歳、高倉健54歳です。ちなみに、いしだあゆみは37歳とのこと。

 もう一つ、ついでといっては何ですが、泣き笑いのような田中裕子の表情が、驚くほど永作博美に似ていました。


posted by 風游 at 17:51| 沖縄 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
“「ミナミがよく似合う」という田中裕子の口説き”と書いてしまいましたが、
いえ、彼女も決して高倉健が自分と一緒になってくれるとは、露にも思っていない。
・・・・そうでなくちゃあ、女がすたる!
Posted by 風游 at 2015年11月12日 21:50
でも、妊娠したとわかった田中裕子の「薄笑い」
(うーん、難しい「笑い」でしたね。「ほほえむ」としたら、余りにも可憐すぎるし・・・・・・)。
健さんの子を宿したというのが、通説?らしいですが、
彼女にすれば、父親はどうでもいい、私は二人の子を抱えて生きて行く!
たけしにも健さんにも「未練」はない、というところですか。

でも、このシーンは余りにもあざとすぎて、「いらない!」と思いましたが。
あの「笑い」だけで充分でした。


そういえば、彼女自身には子どもはいないのですか。


Posted by 風游 at 2015年11月16日 16:22
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