2016年01月13日

『オリエント急行殺人事件』

 11日が『オリエント急行殺人事件』で、12日が『ナイル殺人事件』である。
 去年の正月、三谷幸喜版(二夜連続で、第一夜が原作の前半のリメイクで、第2夜は三谷オリジナルの前日談と原作の後半=謎解き)を観て無性にシドニー・ルメット監督のオリジナル版を観たくなった。それに、初見の時は、豪華キャストのあれこれに目を奪われ、イングリッド・バーグマンを「見失った」! バーグマンファンとしては面目次第もない! その他大勢の一人(まぁ、豪華キャストですから、ショーン・コネリーだってその他大勢)として、埋もれてしまうほどの「名演技」なのです! だからこそアカデミー助演女優賞を授賞していたと言うではないか! 

 若い友人と一緒に鑑賞していたのだが、マザコン気味のアンソニー・パーキンスを指して「どうも、『サイコ』のイメージが強すぎて、俳優としては損だなあ」と、つぶやいていた。それを聞いていて唐突に思いだした。そうだ、ヘクターが、最後の脅迫状(最終通告状?)を不用意にも焼き棄てたことが引っかかっていたが、三谷も同様だったのだろうか、馬場舞子に幕内平太(ヘクター・マックイーン)を叱責させていた。
 もう一つ、ラチェット・ロバーツ(被害者であり、極悪人)役のリチャード・ウィドマークを、60年代テレビ映画で人気を博した『秘密指令』のNATO秘密諜報員ジョン・ドレイク役のパトリック・マッグーハンと取り違え、如何に『秘密指令』(その次の『プリズナーbU』も)が面白かったのかを力説してしまった(汗)ので、まあ恥ずかしい失態であったわけだが。件の友人は、リチャード・ウィドマークそのものを知らなかった(苦笑)。

 本作に戻れば書きたいことは山ほどあるが、とりあえずルメット版と→三谷版の配役一覧を。

●ジーノ・フォスカレッリ(デニス・クイリー)【原作アントニオ・フォスカレッリ】
 →1号室 保土田民雄(藤本隆宏)
●エドワード・ベドウズ(ジョン・ギールグッド)【原作:エドワード・ヘンリー・マスターマン】
 →1号室 益田悦夫(小林隆)
●ヘクター・マックイーン(アンソニー・パーキンス)
 →2号室 幕内平太(二宮和也)
●ヒルデガルド・シュミット(レイチェル・ロバーツ)
 →3号室 昼出川澄子(青木さやか)
●メアリー・デベナム(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)
 →4号室 馬場舞子(演 - 松嶋菜々子)
●グレタ・オルソン(イングリッド・バーグマン)
 →4号室 呉田その子(八木亜希子)
●アーバスノット大佐(ショーン・コネリー)
 →5号室 能登巌(沢村一樹)
○エルキュール・ポアロ(アルバート・フィニー)
 →6号室 勝呂武尊(野村萬斎)
○ラチェット・ロバーツ(リチャード・ウィドマーク)
 →7号室 藤堂修【「笠健」こと笠原健三】(佐藤浩市)
●ハリエット・ベリンダ・ハッバード夫人(ローレン・バコール)
 →8号室 羽鳥夫人【名は典子】(富司純子)
●ルドルフ・アンドレニイ伯爵(マイケル・ヨーク)
 →9号室 安藤伯爵(玉木宏)
●エレナ・アンドレニイ伯爵夫人(ジャクリーン・ビセット)
 →10号室 安藤伯爵夫人(杏)
●ナタリア・ドラゴミノフ公爵夫人(ウェンディ・ヒラー)
 →11号室 轟侯爵夫人【名はナツ】(草笛光子)
●サイラス・“ディック”・ハードマン(コリン・ブレイクリー)
 →12号室 羽佐間才助(池松壮亮)
●ピエール・ミシェル車掌(ジャン=ピエール・カッセル)
 →三木武一(西田敏行)
○コンスタンティン医師(ジョージ・クールリス)
 →須田(笹野高史)
○ビアンキ(マーティン・バルサム)【原作:ブーク】
 →莫(高橋克実)

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2015年12月08日

ヴィオランテ・プラシド『ラスト・ターゲット』

 特段、ジョージ・クルーニーのファンではありませんが、タイトルとIMAGICA無料放送に惹かれた(苦笑)。もっとも、ジョージ・クルーニーについて言えば、『オーシャンズ11』でのオーシャン役(ブラビを差し置いて(笑)、シナトラの後釜ですよ)で、印象に残ったくらいでした。
 写真家出身の監督らしく、画面がまるで環境ビデオのように美しい。昼と夜、建物と街並み、山・川・空……。映画も、アクション・サスペンスは、風景のためにあるかのようです。ですから、まぁ昨今のハリウッド映画というより、フランス映画のテイストで、地味といえば地味ですが、「佳作」というところですかね。

 でも、ここに書き込んだのは、ジョージ・クルーニーに足を洗いたいというきっかけを作った、娼婦・クララ役のヴィオランテ・プラシド!
 イタリアの女優ですが、なんと、ちょっとした表情がイングリット・バーグマンそっくり。そう、鼻が特徴です。イタリアと言えば、クラウディア・カルディナ-レですが、なんと言うかその一歩手前のイタリア女優です(褒めているのです)。イングリットと較べれば、まぁ、「プラス妖艶」とでも言っておきますか。ただ、映画と同じく、「地味な女優さん」ではあります。


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2015年11月12日

高倉健『夜叉』そして田中裕子vsいしだあゆみ

 高倉健といえば、薄ぼんやりとデビュー作の『電光空手打ち』56年のポスターを覚えているが、56年といえば「笛吹童子」・「紅孔雀」に始まる東映子ども向けチャンバラ映画の「大スター」中村錦之助が年間20本、30本と主演していた頃。
 錦之助ファンとしては、かの名作たる『宮本武蔵』での、佐々木小次郎役での高倉健を想い出す(若い友人は、この高倉小次郎を観て絶句していた)。63年の『宮本武蔵・二刀流開眼』(監督は内田吐夢、全5部作の第3作目)である。翌年に『宮本武蔵・一乗寺の決斗』、翌々年の65年に『宮本武蔵・巌流島の決闘』となるが、高倉健にとっては、この時期は第1回目の転機か。

 1963年は『人生劇場 飛車角』(宮川役。飛車角=鶴田浩二。ただし吉良常=辰巳柳太郎、おとよ=藤純子の68年作の『人生劇場 飛車角と吉良常』を覚えているが、吉良常=月形龍之介の方は記憶にない)、64年は『ジャコ万と鉄』(ジャコ万が丹波哲郎)、そして錦之助を脇に配した『日本侠客伝』である。そう、「やくざ映画」爆走の黎明期である。そうだ、忘れてはならないのが、『森と湖のまつり』(58年公開、原作・武田泰淳、監督・内田吐夢)の「風祭一太郎」。しかし、この役は敵役を演じた三国連太郎の方がふさわしいともっぱらの評判である。まだ20代の健さんでは可哀想か。しかし『ジャコ万と鉄』は「良かった!」との印象が残っている(もっとも、何十年も経ってからのビデオ鑑賞だが)。だからというわけではないが、「一太郎」は三国にやらせて、脇に回った方が良かったとも言えるが、俳優としては「ひよっこ」の健さんとしては会社の言いなりだった時代であろう。

 第二の転機は、「やくざ映画」が実録物=『仁義なき戦い』!に取って代わられた75年『新幹線大爆破』、76年『君よ憤怒の河を渉れ』、そして77年の『幸福の黄色いハンカチ』(77年は『八甲田山』もヒットした)か。78年『冬の華』、『野性の証明』である。
 80年は吉永小百合と共演した『動乱』と、中野良子に取って代わって、倍賞千恵子が躍り出た『幸福の黄色いハンカチ』に続く『遙かなる山の呼び声』。81年は、『駅 STATION』(「増毛」に行きたくなった!雄冬は国道が開通してもはや陸の孤島ではなくなってしまった)である。

 83年の『居酒屋兆治』は倍賞千恵子に代わって大原麗子で、女房役がなんと加藤登紀子である。どちらの役も倍賞千恵子のニンではないが、釈放されて警察署から出てくる高倉健を待ち受ける加藤登紀子のえもいわれぬ「既視感」。しかし大原麗子との共演はこの一作。翌々85年の『夜叉』は、とうとう田中裕子である。

 女房役がいしだあゆみ。『駅』では冒頭、離婚させられた女房役(ずっと再婚もせず、引き取った息子を育て上げる)でしかなかったが、ここでは、田中裕子とがっぷり組み合った。10代の頃からアイドルとして一世を風靡した(ファンでしたよ)が、儚げで不幸を身に纏っているように見えても、(実生活はともかく)芯の強さを垣間見せている。

 圧巻は、高倉健と田中裕子が二人きりでしみじみ飲み交わしている田中裕子経営の居酒屋「蛍」に現れ、高倉健に代わって田中裕子に対して徳利を注ぐ場面。三者三様に素晴らしい演技だった。まぁ、そんな時は、居心地悪く、しかし、さりげなく横を向くしかないですね、男としては。
 だが、その後、田中裕子のどうしようもない「男」(ビートたけし)の救出にミナミに向かう健さんに、いしだあゆみが「あたしとの15年はなんだったの」となじる台詞は言わずもがなでした。二人とも、生きて帰ってくるとは思ってもいないシーンでしたが。ここですかね、「夜叉の血が騒ぐ」というとんでもないこじつけでストーリーをつなぐのは。もちろん、いしだあゆみが取り乱したら「お芝居」はぶち壊しですから、玄関の前で立ちすくむしかないのでしょう。そしてラスト、「あんたはミナミがよく似合う」という田中裕子の口説きも振り切って、駅で見送る高倉健。でも、演出上でしょうが、「ミナミ」で羽振りをきかせていた頃の健さんは「イモ」でしたよ。
 『冬の華』では、北(足を洗い、北海道の木工場に職を求める)にも行けませんでしたが、美浜(映画では「美国」?)日向で、いしだあゆみと添い遂げ、漁師を全うするでしょう。封印した「夜叉」がいつ何時、覚醒するかは心配ですが。

 ついでといっては何ですが、奈良岡朋子でしょう。あんなに貫禄があり、美しい「霊代」役は初めてです。実際にも大滝秀治亡き後は劇団民芸の代表になっています。

 話は田中裕子に戻る。ファンというわけではない(いゃー、あんな女、怖くて怖くて、というところ)が、前にも書いたが、高倉健の晩年は田中裕子で決まり、でしたね。「あの若さで!」と思ったら、『夜叉』の時は、田中裕子30歳、高倉健54歳です。ちなみに、いしだあゆみは37歳とのこと。

 もう一つ、ついでといっては何ですが、泣き笑いのような田中裕子の表情が、驚くほど永作博美に似ていました。


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2015年08月16日

『あなたへ』

 当然、「高倉健の」とすべきだが、一昨日、四十九日と納骨を済ませた友人のことを思いだしている。そう、病を得て面変わりをした友人だが、なんと、晩年の高倉健に似てきたのだった。それともう一つ、以前見たときは、思いもかけなかったが〈当たり前だが〉、劇中で「結婚生活十五年」と聞いて、「そうだ、あいつも結婚15年だったな」と、いささか思い入った次第である。

 「宇宙」などと彫り込まれた墓石であった。自分で墓を建てた。もちろん、こんなに早くそこに入るとは思っていなかったろうが・・・・。そして、江利チエミとの「不幸な」離婚以降、独身を通した高倉健と違って、50過ぎで再婚し、早すぎる死ではあったが、幸せな晩年であった。そんな個人的想いも綯い交ぜになりなりながらの「映画鑑賞」であった。

 さて高倉健だが、名優というわけではないし、あの一世を風靡した「やくざ映画」も、あの時代ならともかく(昭和残侠伝も日本侠客伝も網走番外地もほとんど観ています。そう、件の友人といつも一緒に観劇していたように思う。もっとも、その時は、あいつが高倉健に似ているとは露にも思わなかったが。池袋の文芸座である)、歴史に耐えうる作品とは言い難いが、しかし、確実に時代を画していた。。
 その後の山田洋次や降旗節男などの作品も良かったし、晩年の『ホタル』や『単騎、千里を走る』も悪くはなかった。そう、やはり高倉健は「歴史に残る大スター」である。

 この『あなたへ』は遺作となったものだが、再び観たいと思わせる映画であった。BSである。
 田中裕子(『夜叉』以来、倍賞千恵子に取って代わった?いや、私の好みで言えば中野良子も忘れてはならないが)の「暗さ」が何か、高倉健とマッチしていた(そして『ホタル』より遙かに感情移入できた)。
 映画は、彼女の「遺言」を巡っての「ロードムービー」だが、多彩な共演者が、それぞれ邪魔にならず、とりわけ、佐藤浩市と余貴美子夫婦(二人の絡みはないが)の造形が印象に残った。あれだけ伏線を張ってくれているのに、初見の時は、気付くのが遅すぎた。

 それにしても、いしだあゆみや大原麗子、そして大竹しのぶも含め、間違いない選択をしている。そして私としては、CMでの共演しかない永島瑛子と、映画でも本格的な共演をして欲しかった。なにしろ田中裕子以上に、永島瑛子の「不幸さ」は高倉健に合う。



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2015年04月11日

ジーン・セバーグ『悲しみよこんにちは』


 やはり見てしまいましたね。
 フランス映画とばかり思っていましたが、英米合作映画です。なにしろ、英国を代表するデボラ・カーとデヴィッド・ニーヴン出演ですから。

 「セシルとシリル」は原作の方ですね。まぁ、映画ではシリル(フィリップ?)はどうでもいい役ですが、エルザ役がミレーヌ・ドモンジョだとは知りませんでした。一般にはブリジット・バルドーの後塵を拝していましたが(バルドー1934生、ドモンジョ1935生)、可愛い、「ニン」にあった役でしたね。「BB」なんて言われて、「MM」のマリリン・モンローと並べてマスコミが騒いでいたのを記憶していますが、バルドー本人も「足元にも及ばない」とか発言しているそうですが、私もそう思います。
 あっ、そうだ「CC」−クラウディア・カルディナーレもいましたね。これで米仏伊が揃いました。可哀想なことに全員「セクシー女優」のレッテルが貼られてます。

 さて、デボラ・カーは何と言っても「王様と私」ですか。ケイリー・グラントとの「めぐり逢い」やグレゴリー・ペックとの「悲愁」、そしてドナ・リードも出ていた「地上より永遠に」などですが、残念ですが記憶にありません(「<ここ>より<とわ>に」なんて言うのだけ覚えていますが)。

 それにしても、まぁとんでもない男ですよ、レエモンは。アンヌもなんで、あんな男と、と思いたいところですが、なんか、それはそれとして見てしまいました。

 若い友人に、「おーい、みんな英語をしゃべってるぞ」と思わず怒鳴ってしまいました。子どもの時は、字幕を追うのすら大変だったので、フランス語も英語もとんと区別はつきませんでした。
 見終わって、彼は、「やっぱりフランス映画だ!」と、文句をつけていました。いえ、アンヌが、「自殺」ではなく自動車事故で死んだ、という件。私はうろ覚えで、セシルの「奸計」に絶望して自殺したと思い込んでいましたから(原作を読み直そうとは思いませんが)。

 『勝手にしやがれ』(フランス1959)の一年前なんですね、『悲しみよこんにちは』は。
 「セシルカット」で有名な、ジーン・セバーグを世界的な大スターにした映画です。でも、残念ですが「超一流」とは行きませんでしたね。というより、この映画は、今となっては、フランス・ブルジョアの(ピケティの題材にもなりようがない)「頽廃」を描いたもの。サガン作品も、青春文学ともてはやされていますが、さて、どうでしょう。「フランス」「青春」と聞くと、ポール・ニザンを思い出してしまいます(苦笑)
 優雅な別荘ライフはコート・ダジュールです。もっとも、地中海は心騒ぎます(笑)。
 
 監督のオットー・プレミンジャーは、マリリン・モンローの「帰らざる河」、フランク・シナトラの「黄金の腕」、「サマータイム」で有名な「ポギーとベス」(1959年)のメガホンを取っているのですね。それにポール・ニューマンの「栄光への脱出」も彼の監督です。そうしてみると私は結構、この監督の映画を見ています。



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2015年03月25日

水木洋子『浮雲』

 ちょっと前(20日?)の朝日新聞 be「映画の旅人」は成瀬巳喜男「浮雲」。
 どうも優等生女優のイメージがつきまとってしまう高峰秀子ですが、森雅之とのどうしようもない男と女のあてどない道行きは、情けなくも哀れを催してしまいました。「なんでこんな男に!」なんていう感懐は林芙美子の独壇場でしょう。もちろん、高峰・森の名演技をくさすつもりはさらさらありません。
 「私は林さんほど男には絶望していない」という脚本家の水木洋子が、不実な男が女の死に向き合い号泣する場面をラストシーンとしてこだわり、成瀬巳喜男を押し切った、というエピソードが語られていました。しかし、号泣していた男が、原作同様、女の死の一か月後には再び女遊びに手を染めることもある、と思いました。そう、映画を見た時にも、この男はこれからどう生きてゆくのかと不安(笑)になったものです。ですから、水木さん、貴女の想いと、やはり林芙美子とは生きてきた世界が違うようです。

 それと屋久島です。あんな風に書かれたら、屋久島の人達は怒り出さないか、とも思いました。もう二人は「逃避行」ではないのにもかかわらず、「逃避行」としてしか屋久島へはたどり着けないのですから、踏んだり蹴ったりではないですか。ゆき子の終焉の地です。

 be で絶賛されたセットの伊香保温泉ですが、映画「浮雲」では、あの石畳階段で伊香保温泉とわかりましたが、単に鄙びた温泉街でしかなかったように記憶しています。
 私にとって、父親の伊香保温泉への社員旅行に連れて行って貰ったときの印象が強く残っています。左右に温泉宿が建ち並ぶ石の階段(そこでの射的屋!スマートボール!)は、華やぎとともに、子ども心にも哀愁を感じさせました。そして、翌朝、部屋のベランダ?から見た雲海の素晴らしかったこと。

 水木洋子は、今井正とのコンビでの「また逢う日まで」、「ひめゆりの塔」。そして極めつけは「純愛物語」です。そう、彼女は健康なのです。だから、今でも江原真二郎・中原ひとみが目に焼き付いている「純愛物語」が書けたのでしょう。子ども心に、「純愛物語」のラストシーンで、私は号泣してしまいました。
 「ひめゆりの塔」(1953年)と言えば、翌54年からは「新諸国物語・笛吹童子」が始まります。そう「純愛物語」も東映です。二本立て・こども40円?でしたか。毎週のように、日曜日の午前中は「映画館」でした。

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2015年03月21日

マリリン・モンロー「七年目の浮気」

 ビリー・ワイルダーに注目している(多分、三谷幸喜つながりだろうとは思いますが)が、この映画についてはやや点が辛い若い友人に対して、私は絶賛してしまいましたね。
 いゃー何がと言って、モンローの素晴らしい事! 可愛らしく、賢く、かつ貞淑でもあり、もちろん艶っぽく、肉感的。ワイルダーも意識的に衣裳をとっかえひっかえして、様々なアングルで、時折アップを混ぜて、彼女の表情を豊かに映し出していました。
 彼女が「世界の恋人」などと称賛されていたのもむべなるかな、と思いました。

 古い友人は、バークマンと並んでモンローを評価し、中でも「帰らざる河」を一押ししてました。
 今まで「食わず嫌い」だったモンローですが、改めて(両作とも初見でしたが・・・・・・いや、ものごころ着く前に観ていたかも知れませんが)今、較べて観ると、「七年目の浮気」の方が私の中では数段上でした。
 かの有名な「地下鉄からの風」の場面が、あっさりしすぎていたのが、やや残念(ディマジオよ!余計なことをするな!)。それにタイトルが、なんともミステークです。もちろん「ITCH」が俗語で「浮気」をさすのかも知れませんが、それでも、あざとい・・・

 モンローの魅力を堪能するための映画でした。


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2014年12月26日

堤真一・夏川結衣『孤高のメス』

 夏川結衣が助演女優賞(日本アカデミー賞ほか多数)を取ったということで、注目してました。
 どうやら『青い鳥』で彼女のファンになったのは正解でした。もちろん、『結婚できない男』でダメ押しでしたが。だから、安心して、中村看護婦役を堪能しましたが、ここでは、堤真一を褒めましょう。

 堤真一については、『姑獲鳥の夏』の京極堂や、『容疑者X』の犯人、『三丁目の夕日』の鈴木オートの社長など、どうもニンではない役が注目されすぎているので、良い役者だと思うがイマイチ感がぬぐい去れなかった。しかし、この当麻医師役は素晴らしかった。
 肩に力が入るでもなし、声高に理想を叫ぶでもなし。真面目な「ふつう」の、だが医師としての使命感に燃える敏腕の外科医という設定は、彼のためにあるようだった。都はるみネタも良かった。もちろん、類型的すぎるのは承知の上。絵に描いたような生瀬勝久や、平田満や松重豊がおいしい役で出ている。

 うーん、脳梗塞で病院をたらい回しで急逝するのも良しとしよう。彼女は名優として評価されるべきだろう(褒めすぎ?)。
 これは原作を読まない方がよいぐらい、映画の方が面白いと断言しよう。原作を読んでもいないのに!

 とすれば、原作は圧倒的に面白かった『ソロモンの偽証』も見なければなるまい。藤野邦子は所詮、脇の脇だが。
 はてさて、『夜がまた来る』は、どうか。石井隆の「名美」をどう裏切るか。根津甚八の「村木」はあたりだと思うが、「名美」の不潔感が夏川結衣によってどう料理されるか。楽しみである。

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2014年12月21日

橋本忍『砂の器』

 松本清張の『砂の器』は、野村芳太郎監督による映画化で、原作を遥かに超える「名作」「傑作」となった。というのが、永年の私の感想だった。しかし、しかしである。
 昨日(12/20)の朝日新聞be「映写室」には、脚本・橋本忍が、そのイメージを創り上げていたことが克明に書かれているではないか。
 乞食遍路での親子の放浪のシーンが、一気に感動を惹起したことを今でも鮮明に覚えている(それに比して、原作の持って回った、くどくどしい「トリック」など、一遍に吹っ飛びましたね)。

 橋本忍と言えば、言わずと知れた「黒澤(明)組」で、「羅生門」から「生きる」、さては「七人の侍」だけではない、あの「私は貝になりたい」の名脚本家ではないか。そうか、『砂の器』は野村芳太郎+橋本忍か、と感嘆していたら、なんと、脚本に山田洋次も加わっていた。

 橋本忍に戻れば、我が家にテレビが来た年が「私は貝になりたい」で、翌年が「いろはにほへと」で、子ども心にも「名作」であったという印象が残っている。「映画」はもっぱら、東映時代劇(まぁ、チャンバラ映画ですね、子ども向けの。そう中村錦之助です)でしたので、こんな社会派ドラマを「鑑賞」出来たのも、テレビの効用かも知れません。芸術祭参加作品などという「文部省推薦」みたいな「肩書き」もありました。前者はフランキー堺、後者が伊藤雄之助、演出は岡本愛彦。まぁ、ひねたガキであることには代わりはないが。

 ついでと言っては何ですが、清張『霧の旗』が堀北真希主演で先日放映されました。1965年に初めて?映画化されたときは、倍賞千恵子主演で、これまた、山田洋次監督・橋本忍脚本でした。これもはじめて知りました。驚きです。

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2014年11月29日

日本の夜と霧

 今日(11月29日)の朝日beは「日本の夜と霧」(大島渚監督、1960年、松竹)でした。言わずと知れた「日本のヌーベルバーク映画」です。
 この欄で取りあげる作品の選択基準は、いったいどのようになっているのか、ふと、そんなことを思いました。

 大学に入ってすぐの「新入生歓迎会」の映画会が、この「日本の夜と霧」。
 ナチのホロコーストの「夜と霧」が頭の片隅にありましたから、
 「いゃだなあ、暗い映画は……」と思っていたら、全然違うではありませんか。

 「なんじゃ、これは! 言うところのトロツキストの映画か?」というのが第一印象でしたね。
 スターリン主義なども知らずに、パルタイ関係の末席にいたので、なかなか衝撃的でした。プロパガンダ映画ではなく、普通の商業映画にもかかわらず、こんなに直裁な政治映画など初体験の身にはなおさらです。
 最後のシーンではないかと思いますが、エンドマークに被さるように、パルタイ関係者の長演説が続きます。もちろん、誰も聞いていない、空しい長演説です。しかし、隣に座った友人(彼はブントに憧れていましたね)が、否定も肯定もせず「パルタイは揺るぎないことを表現している」とつぶやいたのが、印象的でした。

 朝日beは「この映画から学ぶことは多かったにもかかわらず、10年後、学生たちはもっと致命的な失敗を犯すことになる」など、と訳知り顔に締めくくっています。大島渚が京大生で京都府学連委員長を務めていたので、多分、連合赤軍などを指しているのかも知れませんが、件の新歓の主催者は自治会執行部を掌握していた革共同中核派でした。

 ちなみに、「トロツキスト学生」役が津川雅彦でした。今や「在特会」並の安倍応援団の一員で、嬉々として東條英機役を演じていますが、当時は日活から松竹に移籍してた「スター」?でしたか。
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2013年02月08日

ポール・ニューマン『暴力脱獄』

 ポール・ニューマンファンとしては食指が動いたが、如何せん『暴力〜』というタイトルに引っかかってしまっていた。ところが、なんと、邦題はメチャクチャだった。原題は「Cool Hand Luke」。
 横文字に疎い私としては、語感から「冷静な男」などとイメージしてしまったが(まぁ、それでも邦題よりはマシか!)、ポーカーでの“いいテ”を指しているようだ。もちろん、ハッタリでの勝利の時に、うそぶくセリフだが、「ポーカーフェイス」と二重写ししてしまった。「クール」は格好いいとか素敵とかの意味もあるが、“Cool Hand”には「図々しい奴」とかの意味もあるらしい。

 ちょっと調べて驚いたが、マーロン・ブランドとは一歳違い。ポール・ニューマンの方がもっと若いと思っていた。スターになったのがマーロン・ブランドよりかなり遅れていたからの勘違い。それに、売れ始めた頃、「第二のマーロン・ブランド」などと言われ腐っていたらしい。

 映画に戻ろう。一緒に鑑賞した、若い友人は、ちょい役で出たデニス・ホッパー(『イージー・ライダー』の監督兼主演、もう一人の主演は言わずと知れたピーター・フォンダ)に気がついたり、「これはアメリカン・ニューシネマか」とつぶやいてもいた。『暴力教室』の正統的社会派の系譜に連なるが、言われてみれば、アメリカン・ニューシネマの趣もある。『暴力脱獄』の1967年には、アメリカン・ニューシネマの先陣を切ったと言われている『俺たちに明日はない』、そして69年に至って『イージー・ライダー』、『明日に向って撃て!』、『真夜中のカーボーイ』である。

 さてWiki-pediaによればポール・ニューマンは、1960年代から70年代にかけて積極的な反戦運動ならびに公民権運動を展開。活発な運動と過激な発言は、当時のニクソン大統領から「ホワイトハウス・ブラックリスト」にも、その氏名が記載され、ブッシュ政権の富裕層減税に対して「私のような富豪から税金を取らないのは馬鹿げている」と批判した、とある。

 マーロン・ブランド、ポール・ニューマンの衣鉢を継ぐのはブラッド・ピットだと思っているのだが……(苦笑)
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2012年12月21日

ドナ・リード『素晴らしき哉、人生!』

 もはやハリウッドのクリスマス映画としては定番ともなったもの。なぜかまた見てしまいましたね。何十年ぶりでしょう。とは言え、ここに書き込むのは、映画としても「佳作」ではあるが、何を隠そう「ドナ・リード」についてです。というよりも、「あれ?バーグマン?」って第一印象で思ってしまったのですよ。
 これといって彼女の見せ場があるわけではないのですが、見入ってしまいましたね。正統派女優ですかね。バーグマンより5〜6歳年下です。

 wiki-pediaによれば“『地上より永遠に』(1953年)でアカデミー助演女優賞を受賞……ベトナム戦争に際しては、反戦運動を行った”とあります。
 『素晴らしき哉、人生!』は、アメリカ映画協会「アメリカ映画ベスト100」では11位にランクインしていますが、彼女は1999年6月に発表した「女優ベスト25」の中には残念ですがありません

 映画そのものに戻れば、これも一種の「アメリカンドリーム」なのでしょうかね。ちなみに先のアメリカ映画協会が選ぶ「感動の映画ベスト100」では堂々の1位でした。
posted by 風游 at 15:29| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月10日

今井正監督『にごりえ』

樋口一葉『十三夜』『大つごもり』『にごりえ』

 今日のBSは『にごりえ』。
 1953年の、監督・今井正、脚本・水木洋子の樋口一葉の短編小説を原作とするオムニバス映画。脚本監修に久保田万太郎。
 樋口一葉は、森鴎外、幸田露伴を始め、当時の「文豪」たちの絶賛を浴び、のちに「大つごもり」から死ぬまでの期間は「奇跡の14ヶ月」と呼ばれたが、明治29年11月23日、24歳6ヶ月で肺結核により死去。
 丹阿弥谷津子・芥川比呂志、久我美子・仲谷昇、そして淡島千景・宮口精二である。その他、長岡輝子、杉村春子を始め、名優ざくざくの傑作。それもそのはず、当時の文学座の座員総出である。初見の時、子ども時代のお力のエピソードに胸を痛めた記憶だけが鮮明に残っている。一葉も貧窮の中で死んでいったそうだが、それにしても、生きて行くことは辛く悲しいというメッセージが全開の映画……。

 これが映画初出演の仲谷昇は、芥川比呂志をリーダーに、通行人役程度で顔を見せた若き日の神山繁、小池朝雄らともに、杉村春子率いる文学座を脱退し、劇団雲(もっとも、これは福田恆存が結成した「現代演劇協会」の付属劇団)に参加し、1975年には福田と袂を分かった芥川とともに演劇集団円を結成した。あっそうだ、「大つごもり」には、これまた端役のお嬢様として、後に結婚・離婚する岸田今日子も出ている。
 もっとも、「大つごもり」では、みね(久我美子)の所行を石之助(仲谷昇)が盗み見するシーンがあったように記憶違いをしていた。放蕩息子の「善行」など、庶民には所詮あずかり知らぬこと。子どもの頃に見た時は、志賀直哉の「小僧の神様」でも思い出していたのか(笑)。明治期の話とは言え、53年当時も、さほど変わらぬ貧しいさであったろう。
 山村聰がおいしい役で出ていたが、一葉の彼の描写は、如何ともし難い(褒めているのです。何しろ23歳です。もちろん、100年以上前ですが)

 未見だが1955年には美空ひばりで『たけくらべ』が映画化されている。監督は五所平之助(『女優』では、中井貴一が五所平之助役で一瞬だが出ていた。言わずと知れた吉永小百合が田中絹代を演じた、彼女にすれば佳作である(苦笑))。正太郎役で、市川染五郎(現九代目幸四郎)が出ているそうである。

 どうでもいいことだが、高い評価を受けている『一葉日記』には、1893年に畳の上(生まれ故郷の清水港の自宅)で大往生した清水次郎長の葬儀について触れている。「上武甲の三州より博徒の頭だちたるもの会する500名と聞こえたり」(『臨終図巻』より重引)。

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2011年12月08日

『チャイナ・シンドローム』&『ネットワーク』

 昨日は、フェイ・ダナウェイの『ネットワーク』、一昨日がジェーン・フォンダの『チャイナ・シンドローム』と、70年代を代表するハリウッドスター、それも硬派の二大女優の代表作である。(BSプレミアムです。)
 もっとも、フェイ・ダナウェイの方は、1967年の『俺たちに明日はない』が鮮烈なイメージだし、言わずと知れたジェーン・フォンダは反戦反核活動家として全世界にその名を馳せたが、父親との確執を乗り越え(?)、 ヘンリー・フォンダとキャサリン・ヘプバーン(女優bP!)が夫婦役で競演、共にアカデミー賞主演男優・女優賞を獲得した『黄昏』で、娘役を演じました。彼女は1972年『コールガール』、1979年『帰郷』で2度のアカデミー主演女優賞を授賞しています。

 さて「スリーマイル島原発事故」を予言したとも言われた『チャイナ・シンドローム』(公開されて12日後の1979年3月28日に大事故発生!)は、「チャイナ・シンドローム」という言葉ともに強烈な問題提起を投げかけたし、サスペンス映画としても上質な作品に仕上がっていた。ただ、原子力とは、核と同じく人類にとっての制御不能な代物である、というメッセージはどれほど伝わったか。
 ただ、この作品のプロデューサーが、カメラマン役で出演していたマイケル・ダグラスだとは知らなかった。もっとも1975年の『カッコーの巣の上で』も彼はプロデューサーとしてすでにアカデミー作品賞を受賞していたようだ。(個人的には、キャサリン・ゼタ=ジョーンズのファンですが(笑))

 問われるべきは、巨万の富の源泉としての原子力発電を生み出した資本主義の宿痾であろう。とすれば、この災厄は、テレビをも巨万の富の道具として、殺人も簡単にやってのけることと同義である。フェイ・ダナウェイの『ネットワーク』は、病めるアメリカをも照射していましたが、二夜連続で、ハリウッドの、こうした佳作を送り出す底力を垣間見て、堪能した、というところですかね。

 『ネットワーク』の方は、ウィリアム・ホールデンとの「色恋沙汰」も、しっかり見所ではありました(苦笑)。
 閑話休題。フェイ・ダナウェイ35歳・ウィリアム・ホールデン58歳。『エントラップメント』でキャサリン・ゼタ=ジョーンズ30歳・ショーン・コネリー69歳。だから、どうだと言うわけではありません。

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2011年11月28日

木下恵介『楢山節考』

あーいやだいやだ。やな映画、見ちゃった。と、とりあえずつぶやく。
明日は仕事ですよ。

逡巡しましたね、観るかどうか。言わずと知れた、BSプレミアムです。
でもねやっぱり見入ってしまいました。
敢えて虚構性を前面に出し、太棹三味線(義太夫語り?)を駆使した、傑作です。
今村昌平がリメイクして、1983年のカンヌ映画祭でグランプリ(パルムドール賞)を獲得していますが、こっちは見ませんよ(笑)

極貧故の、45歳同士の再婚。
この映画の(私にとっての)救いは、後妻の玉やんとりんのふれあいでした。
いや、嫌な嫁だったら、おりん婆さんの悲しみは……、
ラストで「70歳になったら、二人で楢山様に行こうね」という玉やんの台詞に思わず涙ぐむ(笑)。

うろ覚えですが、今村版のグランプリと違って、こちらは、グランプリは獲れなかったように記憶しています。
なんでも、禁忌を破り、戻って行った辰平が、しかし、おりんに「良かったなぁ、雪が降ってきて」と言い残し、
楢山を駆け下りてしまったことが、どうやら外国人には受け入れられなかった、という話です。

映画はまだ見ていませんでしたが、当時、子ども心に、そんなものかなぁと、
母親に言うと、彼女は言下に、「外国人じゃなくても……」と吐き捨てるように言いました。

さて、田中絹代です。大女優です。
私がものごころついた頃はすでに、老け役ばかりでしたので、彼女の「偉大さ」なんかは理解できませんでした。
「おとうと」にしろ、「サンダカン八番娼館」にしろ、です。

でも、この映画の時、まだ、彼女は50歳前です。49歳?
欠けた歯の間から、舌を覗かせる、というためだけに、前歯を抜くというエピソードにも脱帽です。(今村版の坂本スミ子も、歯を抜いたとか)

うーん、吉永小百合と較べるのはやめましよう。(当たり前だ!と半畳を入れないでくださいね)
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2011年10月04日

「風と共に去りぬ」雑感

はじめて見たときは、炎上するアトランタの街や、畑からニンジン?を抜いてかぶりつくシーンなどしか印象にない子どもの時でした。
少し大きくなった時は、なんて嫌な女なんだ、と、これ又、中途半端な見方しかしていませんでしたね。
ビビアン・リーもクラーク・ゲーブルも好みではなかったのか、災いしたのでしょう。

朝日の文芸時評で井上ひさしが絶賛した「ジャリン子 チエ」の中で、「明日考えよう!」という絶妙な台詞使いに言及していて、
「風と共に去りぬ」の映画のポスターが「チエ」のアップの背景に使われていたのを印象深く読みました。

さて、今回は、というと、メロドラマ大作としては傑作だ、深く反省した次第です。
もちろん、メラニーがご贔屓なのは変わりませんが、スカーレットにも、レットにも大いに惹かれましたよ。それだけ歳を取ったのでしょうか。
それにしても、ラス前のレットの捨て台詞は、心寂しいものでしたね。「知らないね、勝手にするがいい。」とは!

となるとベティ・デービスの「黒蘭の女」も、もう一度見てみたいです。
確か、この映画も彼女がアカデミー賞を授賞していたのではないか、と思いますが、
「風と共に去りぬ」と較べると、極端に話題にはなりませんけど……。

アメリカ人にとって「南北戦争」は幕末・維新のような物語の宝庫なのでしょうか。

まぁ、それにしても、BSプレミアムは要チェックです。
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2011年08月18日

小林正樹『人間の条件』

今週のBSPは『人間の条件』。8月15日から6夜連続。
五味川純平としようか、仲代達矢としようか迷ったが……

今観ると、いささか乱暴だが「ぬるい!」!とつぶやいてしまう。

ただ、往時の俳優達に見入ってしまった。
第三部の岩崎加根子など、もう話題にもならない昔の女優だが、wikipediaには
ちゃんと「俳優座が生んだ三大新劇女優の1人と称されている」と紹介されている。
(萬屋錦之介の「宮本武蔵」で、「吉野太夫」もやってました。)

新人時代の佐藤慶や田中邦衛など、仲代の俳優座仲間も所を得ている。それにしても、仲代もまだ20代です。

小林正樹は木下恵介の弟子筋に当たるんですね。多分6夜連続に付き合うことでしょう(笑)





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2011年07月28日

イングリッド・バーグマン『誰が為に鐘は鳴る』

 今週のBSはバーグマン特集。月曜が「カサブランカ」、火曜が「誰が為に鐘は鳴る」、そして水曜が「ガス燈」でした。
 もっとも、これを知ったのは火曜でしたので、「カサブランカ」は見はぐってしまいました。
 2、3回は見ているし、私は世上言われる程、「名画」とは思えません。ハンフリー・ボガードの代表作でもあるのですが。

 「誰が為……」は、一体何度見たことでしょう。いゃー、バーグマンが可憐だ(もっと素晴らしい褒め言葉を考えなくてはいけませんね)。ソフト・フォカース多用のアップの様々な表情を見ているだけ、うっとりしてしまいます。
 ヘミングウェイ自らがマリア役としてバーグマンを指名したそうです。ヒチコックは「彼女は傑作にしか出ない」なんて、嘆いていたようですが、そりゃあ、グレース・ケリーとなんか比較になりませんよ。もっとも、時代はズレますが、オードリー・ヘップパーン派とバーグーマン派に分かれて「激論」(笑)した記憶があります、いえ、高校の頃ですが……(いえ、ヘップバーンも素敵ですよ(笑))

 さて「ガス燈」は初見でした。
 まさかのヒチコックばりの「ミステリー仕立て」です。バーグマンはこれでアカデミー主演女優賞を受賞。(彼女は3回も授賞しているんですね。)
 シャルル・ボワイエはともかく、ジョゼフ・コットンが刑事役ですからね。だから?、と突っ込まれそうですが……
 まぁ、「霧のロンドン」です。前二作のプロパガンダ映画と違って、純粋サスペンス映画です。
 なんと1944年製作ですよ。

 さて件の「誰が為に鐘は鳴る」ですが、ラストシーン、多分原作通りなのかも知れませんが、「アメリカを……、マドリッドを……、いや、マリアのことなら……」とさらっと訳してました。ここは思い入れたっぷりに、「アメリカのために死ねるか、ダメだ。じゃあ共和国のために……、ダメだ。そうだ、マリア、マリアのためになら死ねる。」という意訳の方がミーハーな私としては好きでした。
 第七旅団ですか、彼が属していたのは……

 怒っても、泣いても、笑っても、澄ましても、可愛い。と付け加えておきます。
posted by 風游 at 23:41| 沖縄 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月07日

新藤兼人『裸の島』


とくに新藤兼人のファンという訳ではありませんが、見入ってしまいましたね。

1960年作品。いわゆる「芸術作品」は敬遠しがちです。
でも、BSでの放映を知ったら無性に見たくなりました。

巧みに計算され尽くした「リアリズム映画」(戦前ではない)。
「台詞の全くない」という触れ込みですが、林光の音楽がとても良かった。
そして、音羽信子がなんと魅力的な女性か、ということを見せつけられました。
(まぁ、伊丹十三監督の宮本信子と比較なんかしてはいけませんよ。)
でも、やはり、芸術映画は苦手です(笑)。

音羽信子が亡くなってからでしょうか、追悼かなんかのテレビ番組で
新藤兼人が「音羽君」と語っていたのが、印象的でした。

モスクワ国際映画祭でグランプリを受賞したそうですが、
ヴェネチアでもカンヌでもなく、モスクワと言うところが……。

posted by 風游 at 20:04| 沖縄 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月29日

「8日目の蝉」

今日、公開ですね。
『8日目の蝉』です。

「どんな小説を読むんですか」
「……。角田光代とか……」
かつての同僚が、こんなことを言いました。

私は一度も読んだことがないのですが
角田光代、ちょっと気にはなっていました。
芥川賞作家だと思っていたら、何度かノミネートはされたけど
結局は、直木賞を受賞したようです。
と、思っていたら「8日目の蝉」が映画化。

そうか、角田光代という作家はこんな小説を書くのか、
と初めて知りました。
筆力はあるのでしょうね、芥川賞候補で直木賞受賞なのですから。

何を隠そう私は「隠れ永作博美ファン」なのです。
なぜか、不幸を身にまとっているようで……
そうか、永島暎子に似てるんだ、永作博美は。

前にも書きましたが『悪人」は年齢のことを考えなければ
永作博美で決まり!と思っていました。
(深津絵里も、決して悪くはないですが。)

逡巡してます、何故って、映画館で号泣しそうだから(笑)
歳の所為か、とみに涙腺がゆるんでます。


posted by 風游 at 22:16| 沖縄 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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