2016年01月21日

京極夏彦『絡新婦の理』

 京極堂シリーズ(百鬼夜行シリーズというのが「公式」らしいが、『巷説百物語』も「又市シリーズ」の方が据わりは良くないか?)の第五弾である。
 推理小説の嫌いな友人は「あの、ノート執らなくちゃならない奴など読む気がしない」と言っていた。そう、お互い記憶力は頓に減退中。京極夏彦に嵌って久しいが、この『絡新婦の理』は、文字通りノートを執り、年表づくりまでしたくなる。「蜘蛛の仕掛け=理ことわり」が、何度読んでも鮮明な像が摑めない。

 若い友人は京極堂シリーズでは『鉄鼠の檻』を一押ししていたが、デビュー作の『姑獲鳥の夏』はともかく、『塗仏の宴』までは甲乙つけがたい。

 と言うことで『絡新婦の理』である。ラストシーンを冒頭に持ってきたから「犯人」の描写のミスリードぶりも許されるという京極夏彦の仕掛けであろう。そして章毎の視点が異なり、それに被せて時系列も錯綜している。たびたび、前の筋を振り返るが、それにも増して、次へ次へ読み進めたくなってしまう。後半の三巻、四巻はそれこそ、一気に読み耽ってしまった、三度も四度も読んでいるというのに。

 悔しいから、「伏線」というよりは、本線を進めるための、そしてミスリードを誘うために挿入された「エピソード」の絵解きをしよう。さあ、正誤や如何!

「第一章」これは解りやすい。川新と八千代だ。
「第二章」男は平野だ。女は? 始めは「茜」だと思ってしまった。そうか「葵」か、硝子細工の眼。まさか「一目惚れ」とは!
「第三章」女は「碧」、未発達の声帯。しかし男は杉浦だと解ったのは後の方だ。これは仕方ないと思うが如何かな。
「第四章」の女は芳江? とすると旦那様は雄之助。これも何度も読んでいたからだろう。このシーンを「茜」は何時、読み解いた? 否、読み解く必要はなかったのだ。
「第五章」男は喜市。女は果敢なげに吐息のような言葉を吐く、これこそ「茜」だ。

 どうでも良いことだが、大財閥総帥の柴田が海棠のような阿呆しか連れていないことがやや結構を外している。ただ第三巻・7章での柴田の「珍しい」激高は見過ごしていたが。

 京極堂シリーズ、否、京極夏彦の作品は、常連メンバーに準メンバーが加わって醸し出す「大舞台」もさることながら、前作の登場人物が後の作品に登場する仕掛けが、まぁ読者サービスなのだろうが、「大舞台」が「廻り舞台」のようで心地よい。『姑獲鳥の夏』での久遠寺医師や話の重要な鍵を握っていた菅野医師(もっとも、本人そのものは登場していない)が、『鉄鼠の檻』で「再登場」。同じ『姑獲鳥の夏』で「呪」をかけられた内藤も、そして『絡新婦の理』でただ一人生き残った織作茜も、『塗仏の宴』できちんと?オトシマエがつけられてしまった。

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2015年08月05日

池上永一『統ばる島』

久しぶりの書き込みです。
どうも、読みたい「文庫本」(苦笑)がなかっただけですが。
さて、池上永一の短編集(どうも「短編」という奴が苦手なようです)。
池上永一は、一時期はまって、次から次へと読み重ねましたが、
『シャンクリラ』で止まった、大ヒットした(ドラマ化もされた)『テンペスト』も
「ちょっと・・・・」と、読み続けられませんでしたね。
ですから『トロイメライ』ですか、手にも取ってはいません(笑)。

さて『統ばる島』。与那国島も含めて、八重山諸島9島のお話。
「種取祭」の竹富島、「パイパティローマ」の波照間島、「洗骨」の小浜島・・・・
不覚にも、涙ぐんでしまった(まぁ、このごろとみに涙腺が緩んでいます)が、
新城島は「ジュゴン」の話である。
読書途中ではあるが、久々に池上ワールドに浸っている。



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2015年03月02日

京極夏彦『オジいサン』

 うーん、こんな小説に手を染めているのか。
 『百鬼夜行』も「定本」と銘打って『陽』『陰』二冊が文庫化された。江戸怪談三部作も『数えずの井戸』は失敗作だったとしか言いようがない。伊右衛門も小平次も「くどさ」が話の結構を支えていたが、薄く浅くなってしまっては又市も精彩を欠く。
 そして<牛の涎のように>書かれても、閉口する。そうか!自然主義文学か!京極流心理描写も、それだけでは残念ながら、読むに耐えない!『陰』『陽』同様、とばし読みしてしまった(京極本の読み方としては全く間違っているのだが!)。

 還暦はまだまだ現役だ!というのはその通りであり(かつての55才定年制とは、ほぼ平均寿命であったらこその「終身雇用制」だった!)、はたして70歳でも、「オジイサン」でも「おじいさん」でもない、と豪語する人達が増えてはいるだろう。そこで、京極夏彦である。有川浩を凌駕する「疑似(似而非)老人小説」を期待したのだが・・・・・残念!

 京極堂シリーズ『鵺の碑』が待たれる!

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2015年02月07日

有川浩『三匹のおっさん ふたたび』

 やや立派すぎるがキヨ=北大路欣也に、シゲ=泉谷しげる、ノリ=志賀廣太郎と配役の妙は、そこそこヒットするだろうと思っていました。そして続編『ふたたび』で第二弾が放映されるようです。4月スタート。風游子は「文庫専門」なので、やっと購入!

 読みやすさが身上ですが、もちろんそれだけではないことは重々承知。なにしろ「自衛隊3部作」がスタートです。残念ながら「空飛ぶ広報室」はパス、榮倉奈々主演の「図書館戦争」もパスという次第ですが、この「おっさんシリーズ」は、文庫化が待たれていましたね。

 そしたらなんとbonus trackとして「好きだよと言えずに初恋は、」が収録されていました。小学六年生の「初恋物語」です。
 ストリーテラーとしては、宮部みゆきの後継者でしょうか。
 おまけに「川端康成」を捉まえて「いじましい」と一刀両断!胸のすくこと間違いなし、というところです。

 キヨ役の北大路欣也が解説を書いています。番宣とは言え、有川浩をハチキン「坂本乙女」に擬しているではありませんか。

 ついでに、第五話から。
 孫と遊ぶ父を見て、「自分もかつてそんなふうに慈しまれていたことが改めて思い返される」とのフレーズに、思わず頁を繰る手が止まりました。何故って、うちの嫁(笑)が、息子がそんなことを言っていたと教えてくれたばかりでしたから・・・・・
 ただ、その前の第四話での「息子に褒め言葉を出し惜しみするのは世の父親の常である」には、「有川さんよ、それはちょっと違うよ」と半畳を入れたくなりました。私は手放しで息子を褒め称えることに、手ぐすね引いて待ってます。もちろん、仲々、そんな機会がありませんが(笑)・・・・・

 ということで、今回も節度の効いた「三匹」の活躍を楽しませて貰いました。

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2014年12月18日

宮部みゆき『ソロモンの偽証』

 中学二年生の自殺?、それから派生したと思われる、同級生の事故死?、放火による別の同級生の祖母の死。そして不良グループの跋扈(中学生による強盗傷害致傷)、校内暴力、いじめなどのお膳立て。はてさて、とてもじゃないが、食指は進まない。
 1997年には世情を震撼させた、14歳の中学生による「神戸連続児童殺傷事件(いわゆる『酒鬼薔薇事件』)も起きており、「荒れる中学」なども背景にある。

 たが、中心は中学二年生である(物語の進展で三年生へ進級してから「本筋」へと至る)が、視点は章を追う毎に変化する。彼等の繊細な心象風景が、家族問題も含め「さすが、宮部みゆき!」と唸らせるほど、ページを繰る毎にくっきりと印象づけられる。
 「中学三年生を甘く見てはいけない」、である。

 白状するが、これを購読するキッカケは「映画化」である。そこで、この主人公が芸名も「藤野涼子」として絶賛されていた(ネット情報。まぁ、宣伝だから当然か?)のだが、母親役を夏川結衣が演じていたのを知った。もちろん、どの本屋でも平積みされていたのも大いに影響している。「平積み」と言えば「ぼんくら三部作」も然り!いゃーミーハーですね。購読動機が「平積み」と「夏川結衣」ですか。

 さて、三部作全6巻。読み応えあり!家に帰って続きを読むのが待ち遠しく、睡眠不足になりながら、読み耽っちゃいましたね。
 解き明かされる謎なんかは二の次三の次です。中学生たちの群像劇の面白さに感嘆!もちろん、大人たちの点描も過不足なく、藤野剛・涼子親娘も良かった(まぁ、こんなことは宮部みゆきなら自家薬籠中だろうけど)。「稀代の三人」なんて言いながら、一番、評価が低かったのが、宮部みゆきだったので、改めて、「脱帽!」と言い直しましょう。

 ただ、話の展開上やむを得ないとは言え、藤野涼子が後半になって後景化してしまう(決して精彩を欠いているわけではないが)のが、残念。そしてエピローグは、野田健一君に譲ってしまった。映画化にあたっては、この役は藤野涼子で決まり!と思っている(「レディージョーカー」の終章の「久保」の役回りが、TV化では「合田」になったように)。加えて、生徒に向かって「おちこぼれ」と罵る「楠山」がちゃんと「校長」になっているなど、こんなところも宮部節満開! 
 そして、

 「あの裁判が終わってから、僕らは・・・・・・友達になりました」


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2013年04月02日

京極夏彦『西巷説百物語』

やっと出ました!『西巷説百物語』。
御行の又市話とは全く仕掛け(小説の)を異にする靄船の林蔵が主人公である。

第一話(桂男)では、まんまと騙されたせいか、第二話(遺言幽霊 水乞幽霊)では、「もう騙されないぞ」と覚悟(苦笑)しましたが、逆に、第二話はかなり早い段階で話の造作に辿りつきましたね。
第三話は、由良昂允伯爵のテイストか?
さて、読み進めるのがもったいなく、まだ三話である、半分も行っていない。
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2012年09月23日

村上春樹『国境の南、太陽の西』

 大ベストセラーを連発しているが、ほとんど興味が湧かなかった。しかし、社会現象とさえなり、単行本から文庫へ、どの本屋でも平積みされている『1Q84』を見るたびに、「読んでみるか」と思ってはいた。
 そんな時、ふと眼に入ったのが本書である。何よりタイトルに惹かれたと言っても良い。まぁ、その時点で「村上春樹の勝ち!」か。なにしろ、沖縄を思い出しても、ナット・キング・コールは思い浮かばなかったのだから。(苦笑)

 しかし、正直なところ、五分の一?四分の一ぐらいまで読み続けるのがしんどかった。「ライトノベルの純文学?」それとも擬私小説風青春モノ(あるいは私擬小説風)?はたまたミステリー。齊藤美奈子なら「不倫小説!」と切って捨てるところか。
 一人称の荒唐無稽話と何かしら意味ありげに書き綴られる心理描写は「推理小説」や「冒険小説」「謀略小説」ならともかく、「私小説の伏線」は辛いモノがある。

 村上春樹はアートである。
 若い友人が力説していたが、「エンタメにもならないアートとはなんぞや」と切り返せばよかった。

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2012年08月28日

冲方丁『天地明察』

 申し訳ないが、仰々しく「二十四節気」などの項を立てているくせに、イマイチ食指が伸びなかった。「本屋大賞」とか、直木賞にノミネートされたとか結構、評判になっていた。しかし、急に読み始めたのは、もちろん文庫化されたことにあるが(苦笑)、滝田洋二郎監督で9月15日に公開予定の映画化の広告を目にし、宮崎あおいが主人公の妻役だと知ったからである(笑)。それに、関孝和とか山崎闇斎とか、水戸光圀とか保科正之とかが脇!。
 碁打・安井算哲と改暦・渋川春海が同一人物であるとはうすうす知っていたが、関孝和と同い年とは。
 碁・和算・天文と、江戸初期、文治政治の先駆け風の時代背景を踏まえて、ミステリー仕立てで面白く読んだ。数学の問題の正解が「明察」と言うそうな。それにしても、「天才・関孝和」はともかく、「怪物・山崎闇斎」はもっと書き込んで欲しかった。

 そもそも、暦(陰暦=太陽太陰暦)は、百済を通じて6世紀頃、日本に伝えられ、平安期に作られた「宣明暦」(862年)が、以降江戸時代まで使われたが、如何せん「2日」のズレが生じていた。もっとも、800年間でたった2日間のズレしか生じなかった!とも言えるが。
 本書の中では「日蝕」「月蝕」の<予想比べ>というイベントを山場に、渋川春海が天体観測に基づいて、中国と日本の里差(経度差)を補正し、元代の授時暦を改良して「大和暦」を作成。これが正式に採用され、800年ぶりの改暦事業を果たした。貞享暦(1684年)がこれである。
 もちろん「暦」は、時の権威と権力の象徴であり、朝廷と幕府の暗闘やら、天文・暦法の官許専門家たる賀茂家や土御門家の暗躍などを織り交ぜて、二代将軍秀忠の「御落胤」・保科正之の指示で、御三家「黄門様」・徳川光圀、そして「大老・下馬将軍」・酒井忠清などの有力者の後ろ盾を得て、改暦事業を成功に導き、幕府は「改暦」の実権を握るとともに、暦の天下統一をも果たしたと云える。もっとも「日の丸・君が代」と並ぶ「元号」が天皇制維持三点セットと言われるように、「元号制定=改元」による「時」の支配は、残念ながら現在も続いており、その意味では、日本国は決して「近代国家」ではあるまい。

 Wiki-pediaによれば、“なお、800年ぶりの改暦は当時話題となり、井原西鶴は『暦』、近松門左衛門は『賢女手習並新暦』を執筆している”と。作中「おさん茂兵衛」(1686年、井原西鶴『好色五人女』、1715年、近松門左衛門『大経師昔暦』を書く。)のエピソードなど、当時の「暦事情」も語られている。

 ちなみに太陽暦は、ジュリアス・シーザーによって制定され、紀元前45年1月1日から実施されたユリウス暦が、1582年2月24日以降グレゴリオ暦に交代し、日本では1872年(明治5年)に採用され、明治5年12月2日の翌日を明治6年1月1日(グレゴリオ暦1873年1月1日)とした。

 蛇足ながら、幕末にいたって、悲惨な結末を生じせしめた会津藩と水戸藩が、本作で、その実力者ぶりを遺憾なく発揮した二人の名君、保科正之と水戸光圀によって創られたという歴史の皮肉を思ってしまった。


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2012年08月07日

池澤夏樹『カデナ』

 文庫になった。買ってしまった。
 池澤夏樹の小説に関しては『静かな大地』ぐらい知らない。ただ彼が沖縄に住んでいた時期はあの「少女性暴力事件」が起こり、今日に続く併合後の新たな「島ぐるみ」闘争が始まった。彼は、誠実とナイーブがない交ぜになったような「普天間移設先」を提案するという、或る意味では愚かしい提言もし、ルサンチマンに満ちたウチナンーチュから「糾弾」を受けたとも聞く。その顛末は不詳ではあるが、少なくとも10年も住んでいた(これも「植民者」と罵られたか?)から、沖縄への「愛」は豊富だったのだろう。

 「沖縄戦」を体験していない3人(もっとも、一人は戦後生まれ)と、北ベトナムの「工作員」。帯には「たった4人で100万人の命を救う方法。」とあったが、いささかミスリードの感は否めない。しかし、奥間ビーチからアブチラガマまで、三人が織りなす沖縄は、まったく違和感を感じさせない。
 馳の場合は、何かしらこだわりがあった分、話が上滑りになってしまったが、こちらは「ベ平連」だ、人を信じるのに急! そして、当然にも「素人」に限りないシンパシー!
 「いってみれば中からおちょくる話だから、軽くしたい」(帯より)という作者の「言い訳」(笑)も、まぁ、そのまま受け取って、「沖縄」を堪能しましょう、というところか。

 それにしても、そうか、フリーダは、そんな風に生きて行くのか。


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2012年07月01日

森見登美彦『宵山万華鏡』

 かつて高校生の時、「宵山」なるものを見んと、一人で「阪急電車」に乗って四条河原町まで遠征した。まだ市営地下鉄は無かったが、京都市に入ると阪急電車は地下に潜った。年がばれる(笑)。それ以来、宵山は格別の「京都」になった。とはいえ、二度目に訪れたのは、何十年も経ってからのこと……。
 山鉾巡行は、その時が初見。御池通が有料観覧席?多分三条河原町辺りではなかったろうか、芸妓さん(舞妓さんではない)の一団に接近遭遇。梅雨明け前の蒸し暑い中、いかにも涼しげに談笑していた。

 さて、森見登美彦『宵山万華鏡』である。文庫化で即購入。朝日新聞連載の「聖なる怠け者の冒険」の時に拾い読みしていたが、「宵山」にビビッと来てしまった。小松和彦の『京都魔界案内』という名著があるが(なんと解説は京極夏彦である)、虚実ない交ぜ、というより、まぁ、ファンタジーですな。すべて「タネ」がある、と思わせておいて、とうとう「謎」は「謎」のまま、「大団円」?その意味ではタネがあると思わせた分だけ、損をしている、というのが率直な感想。意味のない荒唐無稽さに徹すれば、それもまた良し、であるのに。
 次は京大つながりで万城目学か(笑)。そうだ、京都に行こう!大飯の帰り道か!
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2012年05月20日

馳星周『弥勒世』(上)

 「地球上で帝国主義が終りを告げる時、沖縄人は『にが世』から解放されて、『あま世』を楽しみ十分にその個性を生かして、世界の文化に貢献することが出来る」(伊波普猷「沖縄歴史物語」)

 馳星周は映画の『不夜城』しか知りませんでした。が、しかし、「ミルクユ」です。でも、慎重に「上巻」だけ購入(笑)。渡辺保の『黙阿弥の明治維新』に引っかかって、ずっとツンドクでした。主人公の金城武がミスキャストでは?と思ってしまった映画『不夜城』ですが、山本未来(山本寛斎の娘)と鈴木清順がいい味出していたのを覚えています。
 立ち読みで、1969年11月日米共同声明を挟んで、どうやら話は展開します。「コザ暴動」がヤマ場?「荒唐無稽のバイオレンス物」に仕立て上げるには、いささか……

 と思って読み進めたら。仰天。そうか、バイオレンス物とばかり思っていたが、ラブロマンスか。
 仁美の「どうしてこんなに好きなんだろう」というリフレイン。そして尚友の“なぜこの女なのだろう? なぜこの女でなければならないのだろう?”というつぶやき。

 そして、「自分の意志で涙をとめていた女が、静かにひっそりと、おれの腕の中で泣いていた。」
 これで、上巻終了。すぐ下巻を買いに走りました(笑)

 「ビーサン」は「草履」、「タコライス」(なにしろ私の先輩は「何だ、たこが入ってないじゃないか」と真面目な顔をしてつぶやいたのを昨日のように思い出します。)は「ターコライス」、そして「沖縄復帰協会」に「ヴェトコン」……。これらは話の展開にまったく関係ないし、重箱の隅を突くようなことは止めましょう。復帰協の桃原用行副会長に、社大党の安里(積千代)委員長、全軍労委員長はまだ存命(上原康助さんの「40年記念式典」での挨拶は結構評判を呼びました)なので別名なのでしょうか、いずれにせよ、よく読み込んでいます。もっとも、当時のコザのアシバーにはせせら笑われるでしょうが。
 私が知っているのは「百円弁当」と「ミスターコーラ」です、もちろん72年5月15日以降の話。

 船戸与一の、ねばりつくような文体と神経をささくれ立たせる文脈に較べれば、はるかに滑らか。そもそも感情移入したら手酷い目に遭う船戸に対して、馳はやさしい。同時に購入したのが、船戸の『夜来香海峡』ですから、ご容赦。

 さて「下巻」は、當銘愛子は……

 そうだ、慌てて付け加えますが、
 「泣いてもいい、しかし自分の意志で涙を止められる女になりなさい。」とは、有川浩『阪急電車』での宮本信子演ずるおばあさんの名台詞でしたね。
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2012年04月16日

有川浩『三匹のおっさん』

 『小説・震災後』の口直しというわけではないが、『三匹のおっさん』を手に取る。言わずと知れた「ライトノベルの雌!」有川浩である。
 続編の『三匹のおっさん ふたたび』が単行本として出版されたが、風游子は文庫本専門である(泣)。

 「還暦」など、まだまだ……、経産省テント広場を立ち上げ、200日を超えて今日まで支え切り、5月5日の「全原発停止」を指呼の間に望む面々の中心に立つのは「アラセブン」である。
 であるから、「町内限定正義の味方」に「変身」した還暦のおっさんなどは、まだまだ若造の部類!有川浩にしてみれば、「赤いチャンチャンコを着せられる還暦のおじ[い]さんなど絵空事」と力んでいるが、事実は小説より奇なりである。60歳で隠居、引退などありえない。(第一、生活出来ない!!)
 とは言え、この作者の「爽やかさ」は、類がない。『図書館戦争』はパスしてしまったが、『三匹のおっさん』の『ふたたび』の文庫化が待ち遠しい。もっとも、所詮、三匹のおっさんは「狂言回し」(というより「引き立て役」)にすぎず、テイストは青春小説だが。

 ついでに、読んだのが荻原浩の『愛しの座敷わらし』。口直しが続く(笑)。
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2012年03月22日

福井晴敏『小説・震災後』

 果たして、福井君に、あの震災が扱えるのか、と言う不安はあったが……
 数十頁で放棄した小説は、最近では『エクサバイト』が有名(笑)だが、設定の無理、と同様、「震災」を扱うのは無理があった。妙にリアリティ重視の「作風」ではあったが、破綻も際だった、というところか。パニック小説で言えば、小松左京と西村寿行が双璧(これまた笑)だが、人物設定も荒唐無稽だったら救われたろうが……。半村良が懐かしい……。

 と思っていたら、なんと、解説を、防衛大臣に就任して有頂天になった、あの「軍事オタク」が書いている。もう一気にめげましたね。言うに事欠いて「憲法前文」を「神話の最たるもの」と揶揄するに至っては、「よく見ろ石波、これが戦争だ」と半畳を入れたくなる。橋下もそうだが、劣化を通り越して、日本の政治は「幼稚」の極みに辿り着いてしまったのか。「二流官庁」の防衛省の「エリート」たちの愚劣さを見せつけられれば、なおさら、というところか。

 と言うことで、萎えてしまいましたね。残念ですが、福井晴敏、これまで!

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2011年11月17日

京極夏彦『ルー・ガルー』

読んでしまった。
近未来で、少女が主人公で、「読者参加型」(うん?)……

読まず嫌いに近かったのですが、『ルー・ガルー2』発売!と聞いて
京極ファンとしては、読み始めてしまいましたね。
(もっとも、食指が動くエンタメ系小説が乏しいことにも因りますが。だから宮部みゆき3部作(笑))

やはり、手慣れた京極ワールドとはひと味ふた味違ってました。
しかし、さすが京極夏彦、破綻のない近未来で加速度的に読み耽った。
でも、「味」ですか? 無理があるなぁーとは思いましたが(ここはヨシとしましょう)

さて『2』は如何に????

「あのな、人生ってやつは失敗ばかりだぜ。反省はいいが、後悔は無駄だ。」
こんなことを言うから中年オヤジは嫌われるんだ。
そうなんだよ、京極君。私は後悔するが、反省はしないんだよ。

14歳の少女達のアクション・シーンは、妙なリアリティを感じる程でした。
それに「榎木津・少女版」ともいえる、美緒のキャラもはじめ、
麗猫や「2」の狂言回しの律子など、新たな京極ワールドが展開しました。
もっとも、京極夏彦にしても、歩未は扱いかねたか……
やや物足りない感もしましたが、中学生の女の子としては節度ある活劇というところでしょうか。
ただ、これをシリーズ化するのは困難かな、14、15歳という設定が……

『ルー・ガルー』の終盤に唐突に登場した(そして見せ場もなく)律子が、
『2』では葉月に代わって立派に狂言回し(関西弁が)を務めました。

とすれば、15歳になる前に、歩未を真っ正面に据えて、『3』を期待したいですね。
「満月の夜」ですよ、「味」も「DNA」も無しです。
そう、「世の中、不思議なことばかりなんだよ。」と中年オヤジに語らせましょう。

ということで、次は『豆腐小僧』ですか?



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2011年11月05日

宮部みゆき『三部作』(ぼんくら・日暮らし・おまえさん)

手練れだし、多分、上質の暇つぶしになるだろうとは思っていましたが……
『おまえさん』の平積みに食指が伸びましたね。

どうも「江戸市井もの」は、苦手だね、半村良のものも、私としては『鈴河岸物語』ぐらいで、
『どぶどろ』なんて、いくらファンでも、避けて通りたくなっちゃいます。

『ぼんくら』、『日暮らし』、あわせ6冊。まあ、読み応えはある。
でも、まず順序としては『ぼんくら』から、と、読み始めて、
「失敗した。面白くないとは言わないが、べとつかない周五郎モノなんて」って、
不埒な感想を持ってしまいました。

ところが、短編連作の、ミステリー仕掛けの「ちょいといいはなし」風に積み重ねて行く、
と思いきや、一つ一つがネタとなり、寄り道・伏線テンコ盛りで、良い塩梅の結末へと導いて行く。
さすが、宮部みゆき。これまた、拾い読みから一転、「ぼんくら」上下巻読了(笑)。

こういっちゃなんだけど、池波正太郎よりは上等でしたね。

平四郎は「若き日の」藤田まことか? その他の配役を考えるだけでも楽しめる。
しかし、藤田まことの代わりはなんとかなりそうだが、弓之助は?こいつは難問。

「暇をもてあましたら宮部みゆき」で、決まり!





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2011年09月11日

北方謙三『揚令伝』

待ち望んでいた、というほど大仰ではないが、それでも本屋で見つけてすぐ購入してしまった。
なにしろ、毎月1冊である。もう3冊か!(読まずツンドクつもりだったが……)

『水滸伝』の時は、たまたま読み始めたというのが本当のところだが、
これまた毎月が待ち遠しくなっなってしまった。
つられて『三国志』全13巻、読んでしまったのだから、北方謙三恐るべし(笑)

さて、108人、揚志を始め、死ぬわ死ぬは。
誰と誰が生き残ったのか、燕青、史進、武松も……。
そして息子たちへと興味をつなぐ。芸が細かい!

キューバはいざ知らず、国家なんぞろくでもない!とくれば
そうか、揚令も死ぬしかないか。
一人、荒野を落ち延びるっては、絵にならないもなぁー。
まだ、第一巻の数10頁なので、ネタバレごめん!

金建国、宋帝国は崩壊、もちろん、その後はジンギスカンの登場であるが、
揚令は如何に闘い抜くのか、……



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2011年07月26日

高村薫『レディ・ジョーカー』

職場の近くの本屋で平積。思わず上中下三巻購入。もちろん文庫です。

「今、日本は変わらなくてはならない大転換期。ここで変われるかで未来が決まる」
「決定的に経済界が誤っているのは、企業活動と国民の命をてんびんに掛けていること。
国民の命より、経済を優先することはあってはならない。
15万人以上の周辺住民の生活を根こそぎ奪っている現実があるのに、電力不足もない。」
これ高村薫の言。

結構、新聞のコラムなどでの時評・批評に納得するものがあって、気にはなっていました。
ただ、昔読んだ『李歐』が良くなかった。余りにも、重すぎる。
でも、テレビで「地を這う虫」という、これまた重いドラマに惹きつけられたことがあります。

この原作者が高村薫だと知った時、この作家の持ち味は「長編」が良いのでは、
なんて勝手に思い込んだ記憶があります。主役の奥田瑛二もその妻の余貴美子も良かった。
但し私が見たのは、三話のうちの一話の、そのまた部分(苦笑)。
ですから、夏川結衣が出ていたのは後で知りました。

何を隠そう、私は夏川結衣のファンでもあります(笑)。
何しろ「青い鳥」で、この女性は幸せになるんだろうか?なんて思っていたら、
死んじゃうんです、自殺です。
思わず「えぇぇ」って声こそ出しませんが、驚愕です。
私の知る夏川結衣は、やはり「不幸が服着て歩いている」感じです。

そうそう『レディ・ジョーカー』でしたね。
でも、まだ上巻の数十頁です。
かったるいピロローグを我慢して読み進めていたら、
ナント「カイドウ」なんて言葉が出てくるではありませんか。
レットパージもどきや被差別部落への言及が話の導入部になっているんです。
重さは相変わらずですが、長編が救いです。

好みはともかく、高村薫、宮部みゆき、桐野夏生の三人の筆力には感服です。



posted by 風游 at 00:55| 沖縄 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月17日

服部真澄『エクサバイト』

エクサバイトとは、2の60乗・百京バイトをさすそうな。
メガからギガ、そしてテラも珍しくなくなったが、その上のベタのまた上。
さすが服部真澄と褒めたいところだが、読み続ける意欲がなくなった。
設定のどうしよもない陳腐さである。最先端情報小説とやらだが。
ヴィジブル・ユニット……無理があるなぁ。

『龍の契り』から『鷲の奢り』で、久しぶりに追いかける作家が生まれたと思った。
『ディールメイカー』、『バカラ』『エル・ドラド』と来て今作であるが、
徐々に、話に無理が生じてきている。そして致命的なのは人物造型……
もっとも、「毛沢東の密約」に少し興奮しすぎたのかも知れないし、
英国スパイが「女」であると、最後まで分からなかったことに点が甘くなったか?






posted by 風游 at 17:51| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月23日

有川浩『塩の街』

読んでしまいましたね、有川浩。
極悪慎太郎に喧嘩を売っている一文(朝日新聞?)を読んで、
「なかなか、いいじゃないか」なんて思ってしまったのです。

沖縄つながりから、「船」とか「島」「海」のタイトルに引かれ、『海の底』を手に取りました。
軽く、読みやすい、破綻が少ない。なによりも読後感がいい。
「ライトノベル」というレッテルを知りましたが、若い自衛官も少女もいい。
そして、オヤジもいい、オチもいい。(ほめすぎですか?)

そしたら、なんと作者は女性で、元自衛官?軍事オタク?とのこと。
「フリーター、家を買う」とか「図書館戦争」とか、私が知らないだけで
結構、メジャーだそうです。(『図書館戦争』は売り切れ!とか)
「そうか、汚らしい芥川賞作家知事にも、腰が引けずにいるのか」と妙に感心。

『空の中』も読みましたので、自衛官三部作は読破(笑)。
荒唐無稽なストーリーの中で、きちんとした人物描写は、好感が持てました。

posted by 風游 at 22:34| 沖縄 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月10日

安部公房『榎本武揚』

これ、失敗作?
元憲兵の狂言回しも、「劇中劇」のような元新撰組若者の狂言回しも
「普遍性を持った大問題」(中公文庫版解説のドナルド・キーン)も
「転向」、「忠誠」も蘊蓄に埋もれてしまっている。

厚岸の300人の脱走兵の「始末記」ならもう少し面白くなったところだろうが。
佐々木譲の『五稜郭残党伝』とまでのエンターテイメントは要求しないが。

浅井某のひいきの引き倒しのような「土方礼賛」は、ひょっとして司馬のネタ本?
しかし、書けば書く程、榎本武揚という人物が魅力的に造形される。
これが安部公房の「真意」かも。
もちろん、土方歳三も魅力的に描かれているが。

とはいえ、壱万円札の御仁の「痩我慢の記」はいざ知らず、
佐々木譲描くところの勝海舟(榎本の勝海舟像)は如何。

posted by 風游 at 15:27| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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