2012年04月16日

有川浩『三匹のおっさん』

 『小説・震災後』の口直しというわけではないが、『三匹のおっさん』を手に取る。言わずと知れた「ライトノベルの雌!」有川浩である。
 続編の『三匹のおっさん ふたたび』が単行本として出版されたが、風游子は文庫本専門である(泣)。

 「還暦」など、まだまだ……、経産省テント広場を立ち上げ、200日を超えて今日まで支え切り、5月5日の「全原発停止」を指呼の間に望む面々の中心に立つのは「アラセブン」である。
 であるから、「町内限定正義の味方」に「変身」した還暦のおっさんなどは、まだまだ若造の部類!有川浩にしてみれば、「赤いチャンチャンコを着せられる還暦のおじ[い]さんなど絵空事」と力んでいるが、事実は小説より奇なりである。60歳で隠居、引退などありえない。(第一、生活出来ない!!)
 とは言え、この作者の「爽やかさ」は、類がない。『図書館戦争』はパスしてしまったが、『三匹のおっさん』の『ふたたび』の文庫化が待ち遠しい。もっとも、所詮、三匹のおっさんは「狂言回し」(というより「引き立て役」)にすぎず、テイストは青春小説だが。

 ついでに、読んだのが荻原浩の『愛しの座敷わらし』。口直しが続く(笑)。
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2012年03月26日

二十四節気

 3月26日、三日月、月の出は午前7時過ぎ、午後2時過ぎに南中し、帰宅途中の8時には、西の空に、その姿をくっきりと見せている。入りは9時半頃。しかし厳密には今日は、旧暦3月5日。とすれば、三日月はもっと細い?
 さて、去年だったか、喜屋武岬付近で、日没後のわずかな時間を西の水平線で過ごす「三日月」に遭遇。巨大とも言える三日月はシュールな「まるで絵のような」風景であった。
 深夜に上る「三日月」は、三日月ではなく「二十七夜月」である。なんてことを、高校時代の「古文」を思い出しながら、旧暦・不定時法関係をひもといてみた。

 「お江戸日本橋」の「七つ立ち」は、日の出(「六つ」)より約2時間前。太陽暦・定時法では午前4時出発となり、冬の高輪では「六つ」になっても、まだまだ提灯は消せないが、陰暦・不定時法では、冬だろう、夏だろうと 「六つ」で夜が明ける。それにしても、この唄で、日本橋から高輪まで、所要2時間ということがわかるが、まぁ大名行列の行進時間はそんなものか。いずれにせよ、「サマータイム」などと称しているが、この不定時法も悪くはない。それに、月の満ち欠けで、月夜ならば時間も分かる。もっとも、新月前後は無理だし、南中高度が分かっていなければ、月の形と高さで不定時法ではあれ、時間を知る事など出来はしないが(風游子、こっそり訓練してます(苦笑))。
 不定時法なら、那覇・東京間の「時差?」(経度差約12度、時間にして約50分)は意味を持たない。東京から沖縄に降りた途端、8時近くなっても、未だ明るいというのも定時法のなせるワザか(笑)。

 さて、沖縄通いをするようになって、旧暦が気になり、「沖縄手帳」(旧暦満載)などを買い求めたりした。清新なイメージを抱かせたウチナーグチの季候語は「ミーニシ」に尽きるが、日常的な言葉として、耳に入ってきたシーミーとかスーマンボースーとかも、てっきり旧暦の謂いだと早合点していた。しかし、シーミー(清明)などの二十四節気は、紛れもなく太陽暦である。暦に、しっかり太陽暦も取り入れている。まぁ、そうしなければ、月の運行では「年」は計れず、季節のズレは大きくなるばかりであるが。だから「閏月」の導入で強引に一年を13ヶ月としてつじつまを合わせた。先人もなかなかやる。だから旧暦と言えども正式には「太陰太陽暦」と言ってもよい。毎日の生活は「月」で、毎年は太陽で計るのは、簡便とも言えよう。今年は閏年、3月が二回ある。

 二十四節気だが、まずはっきりと見極められる「二至二分」から始め、「冬至」と「春分」の間に「立春」、「春分」と「夏至」の間に「立夏」、以下、「立秋」「立冬」と「二至二分四立」を定めた。ほぼ12ヶ月周期から一年を決めたが、一ヶ月を半分にして季候の目安を二十四節気と設定。つまり「二至二分四立」の間に二つの「節」を入れ、月初を「節気」、月半を「中気」とし、「二十四節気」を作ったそうな。古代中国では冬至を年始としていたらしいが、戦国時代に、冬至と春分の中間を春の始め=「立春」として春夏秋冬を定めたという。「二至二分四立」も、その後に四季が冠せられたそうな。天文学・暦法の何と美しいことか。こうなると陰陽五行説にも食指が動く(笑)。
 先の「清明シーミー」はwikipediaによれば、“万物がすがすがしく明るく美しいころ。『暦便覧』には「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり」と記されている。”とのこと。今年は4月4日[旧暦3月14日]。「小満スーマン」は、「立夏」の後、太陽黄経が60度のときで5月21日ごろ[2012年の旧暦で4月1日]。wikipediaに“沖縄では、次の節気と合わせた小満芒種という語が梅雨の意味で使われる。”とある。ちなみに「五月雨さみだれ」は梅雨の雨であり、「五月晴れ」は梅雨の合い間の晴れの日の謂いとモノの本にはある。うーん、奥が深い。

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2012年03月22日

福井晴敏『小説・震災後』

 果たして、福井君に、あの震災が扱えるのか、と言う不安はあったが……
 数十頁で放棄した小説は、最近では『エクサバイト』が有名(笑)だが、設定の無理、と同様、「震災」を扱うのは無理があった。妙にリアリティ重視の「作風」ではあったが、破綻も際だった、というところか。パニック小説で言えば、小松左京と西村寿行が双璧(これまた笑)だが、人物設定も荒唐無稽だったら救われたろうが……。半村良が懐かしい……。

 と思っていたら、なんと、解説を、防衛大臣に就任して有頂天になった、あの「軍事オタク」が書いている。もう一気にめげましたね。言うに事欠いて「憲法前文」を「神話の最たるもの」と揶揄するに至っては、「よく見ろ石波、これが戦争だ」と半畳を入れたくなる。橋下もそうだが、劣化を通り越して、日本の政治は「幼稚」の極みに辿り着いてしまったのか。「二流官庁」の防衛省の「エリート」たちの愚劣さを見せつけられれば、なおさら、というところか。

 と言うことで、萎えてしまいましたね。残念ですが、福井晴敏、これまで!

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2012年02月10日

今井正監督『にごりえ』

樋口一葉『十三夜』『大つごもり』『にごりえ』

 今日のBSは『にごりえ』。
 1953年の、監督・今井正、脚本・水木洋子の樋口一葉の短編小説を原作とするオムニバス映画。脚本監修に久保田万太郎。
 樋口一葉は、森鴎外、幸田露伴を始め、当時の「文豪」たちの絶賛を浴び、のちに「大つごもり」から死ぬまでの期間は「奇跡の14ヶ月」と呼ばれたが、明治29年11月23日、24歳6ヶ月で肺結核により死去。
 丹阿弥谷津子・芥川比呂志、久我美子・仲谷昇、そして淡島千景・宮口精二である。その他、長岡輝子、杉村春子を始め、名優ざくざくの傑作。それもそのはず、当時の文学座の座員総出である。初見の時、子ども時代のお力のエピソードに胸を痛めた記憶だけが鮮明に残っている。一葉も貧窮の中で死んでいったそうだが、それにしても、生きて行くことは辛く悲しいというメッセージが全開の映画……。

 これが映画初出演の仲谷昇は、芥川比呂志をリーダーに、通行人役程度で顔を見せた若き日の神山繁、小池朝雄らともに、杉村春子率いる文学座を脱退し、劇団雲(もっとも、これは福田恆存が結成した「現代演劇協会」の付属劇団)に参加し、1975年には福田と袂を分かった芥川とともに演劇集団円を結成した。あっそうだ、「大つごもり」には、これまた端役のお嬢様として、後に結婚・離婚する岸田今日子も出ている。
 もっとも、「大つごもり」では、みね(久我美子)の所行を石之助(仲谷昇)が盗み見するシーンがあったように記憶違いをしていた。放蕩息子の「善行」など、庶民には所詮あずかり知らぬこと。子どもの頃に見た時は、志賀直哉の「小僧の神様」でも思い出していたのか(笑)。明治期の話とは言え、53年当時も、さほど変わらぬ貧しいさであったろう。
 山村聰がおいしい役で出ていたが、一葉の彼の描写は、如何ともし難い(褒めているのです。何しろ23歳です。もちろん、100年以上前ですが)

 未見だが1955年には美空ひばりで『たけくらべ』が映画化されている。監督は五所平之助(『女優』では、中井貴一が五所平之助役で一瞬だが出ていた。言わずと知れた吉永小百合が田中絹代を演じた、彼女にすれば佳作である(苦笑))。正太郎役で、市川染五郎(現九代目幸四郎)が出ているそうである。

 どうでもいいことだが、高い評価を受けている『一葉日記』には、1893年に畳の上(生まれ故郷の清水港の自宅)で大往生した清水次郎長の葬儀について触れている。「上武甲の三州より博徒の頭だちたるもの会する500名と聞こえたり」(『臨終図巻』より重引)。

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2012年01月15日

山田風太郎『人間最終図巻』読了

 コメントとして書き連ねていたが、年も改まったことでもあるし、……

 戸内某所で「下巻」読了、解説は故平岡正明。
 「73歳で死んだ人」から始まる「下巻」は、やはり、もうどうでもいいと思わせた。
(ちなみに、どういうわけか、今、この『人間最終図巻』が4巻本として、書店に平積みになっている。)
 例によって5頁を越えた人物を列記すると、藤原義江(78歳)、谷崎潤一郎(79歳)、正宗白鳥(83歳)か。なんと、カントが5頁弱。

 風游子、永年の萬屋錦之介のファンですが、伊藤大輔(83歳、2頁弱)の項で、晩年の悲惨な困窮生活を経済的にも精神的にも支えたのが、錦之介であった、という一文が眼についた。風太郎は「伊藤大輔が死んだ直後、萬屋錦之介プロは倒産し、錦之介は筋無力症になった。あやういところであった。」と締める。錦之介は1997年に64歳で没。本書収録には間に合わなかった。
 BSプレミアムは錦之介特集として、瞼の母、関の弥太っぺ、反逆児を放映したが、残念ながら観ることがかなわなかった。本来なら、反逆児ではなく、沓掛時次郎ではないか、ラインナップを見ながらつぶやいたものですが。

 話を元に戻すと、「臨終図巻」と銘打っている割には、「臨終」の場面以外に頁を割いている人物も多々見られるし、小伝的な紹介もある。それ故、ページ数の多寡は、その中身の分析まで必要か(笑)。もっとも、延々と臨終−つまり最後的闘病生活などの記述とその終焉−を書き連ねてある場合も少なくない。
 こんな本が(失礼!)、版を重ねただけでなく、改装新版として本屋で平積みされていることの方が、やや驚き。
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2011年12月08日

『チャイナ・シンドローム』&『ネットワーク』

 昨日は、フェイ・ダナウェイの『ネットワーク』、一昨日がジェーン・フォンダの『チャイナ・シンドローム』と、70年代を代表するハリウッドスター、それも硬派の二大女優の代表作である。(BSプレミアムです。)
 もっとも、フェイ・ダナウェイの方は、1967年の『俺たちに明日はない』が鮮烈なイメージだし、言わずと知れたジェーン・フォンダは反戦反核活動家として全世界にその名を馳せたが、父親との確執を乗り越え(?)、 ヘンリー・フォンダとキャサリン・ヘプバーン(女優bP!)が夫婦役で競演、共にアカデミー賞主演男優・女優賞を獲得した『黄昏』で、娘役を演じました。彼女は1972年『コールガール』、1979年『帰郷』で2度のアカデミー主演女優賞を授賞しています。

 さて「スリーマイル島原発事故」を予言したとも言われた『チャイナ・シンドローム』(公開されて12日後の1979年3月28日に大事故発生!)は、「チャイナ・シンドローム」という言葉ともに強烈な問題提起を投げかけたし、サスペンス映画としても上質な作品に仕上がっていた。ただ、原子力とは、核と同じく人類にとっての制御不能な代物である、というメッセージはどれほど伝わったか。
 ただ、この作品のプロデューサーが、カメラマン役で出演していたマイケル・ダグラスだとは知らなかった。もっとも1975年の『カッコーの巣の上で』も彼はプロデューサーとしてすでにアカデミー作品賞を受賞していたようだ。(個人的には、キャサリン・ゼタ=ジョーンズのファンですが(笑))

 問われるべきは、巨万の富の源泉としての原子力発電を生み出した資本主義の宿痾であろう。とすれば、この災厄は、テレビをも巨万の富の道具として、殺人も簡単にやってのけることと同義である。フェイ・ダナウェイの『ネットワーク』は、病めるアメリカをも照射していましたが、二夜連続で、ハリウッドの、こうした佳作を送り出す底力を垣間見て、堪能した、というところですかね。

 『ネットワーク』の方は、ウィリアム・ホールデンとの「色恋沙汰」も、しっかり見所ではありました(苦笑)。
 閑話休題。フェイ・ダナウェイ35歳・ウィリアム・ホールデン58歳。『エントラップメント』でキャサリン・ゼタ=ジョーンズ30歳・ショーン・コネリー69歳。だから、どうだと言うわけではありません。

posted by 風游 at 00:33| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月28日

木下恵介『楢山節考』

あーいやだいやだ。やな映画、見ちゃった。と、とりあえずつぶやく。
明日は仕事ですよ。

逡巡しましたね、観るかどうか。言わずと知れた、BSプレミアムです。
でもねやっぱり見入ってしまいました。
敢えて虚構性を前面に出し、太棹三味線(義太夫語り?)を駆使した、傑作です。
今村昌平がリメイクして、1983年のカンヌ映画祭でグランプリ(パルムドール賞)を獲得していますが、こっちは見ませんよ(笑)

極貧故の、45歳同士の再婚。
この映画の(私にとっての)救いは、後妻の玉やんとりんのふれあいでした。
いや、嫌な嫁だったら、おりん婆さんの悲しみは……、
ラストで「70歳になったら、二人で楢山様に行こうね」という玉やんの台詞に思わず涙ぐむ(笑)。

うろ覚えですが、今村版のグランプリと違って、こちらは、グランプリは獲れなかったように記憶しています。
なんでも、禁忌を破り、戻って行った辰平が、しかし、おりんに「良かったなぁ、雪が降ってきて」と言い残し、
楢山を駆け下りてしまったことが、どうやら外国人には受け入れられなかった、という話です。

映画はまだ見ていませんでしたが、当時、子ども心に、そんなものかなぁと、
母親に言うと、彼女は言下に、「外国人じゃなくても……」と吐き捨てるように言いました。

さて、田中絹代です。大女優です。
私がものごころついた頃はすでに、老け役ばかりでしたので、彼女の「偉大さ」なんかは理解できませんでした。
「おとうと」にしろ、「サンダカン八番娼館」にしろ、です。

でも、この映画の時、まだ、彼女は50歳前です。49歳?
欠けた歯の間から、舌を覗かせる、というためだけに、前歯を抜くというエピソードにも脱帽です。(今村版の坂本スミ子も、歯を抜いたとか)

うーん、吉永小百合と較べるのはやめましよう。(当たり前だ!と半畳を入れないでくださいね)
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2011年11月17日

京極夏彦『ルー・ガルー』

読んでしまった。
近未来で、少女が主人公で、「読者参加型」(うん?)……

読まず嫌いに近かったのですが、『ルー・ガルー2』発売!と聞いて
京極ファンとしては、読み始めてしまいましたね。
(もっとも、食指が動くエンタメ系小説が乏しいことにも因りますが。だから宮部みゆき3部作(笑))

やはり、手慣れた京極ワールドとはひと味ふた味違ってました。
しかし、さすが京極夏彦、破綻のない近未来で加速度的に読み耽った。
でも、「味」ですか? 無理があるなぁーとは思いましたが(ここはヨシとしましょう)

さて『2』は如何に????

「あのな、人生ってやつは失敗ばかりだぜ。反省はいいが、後悔は無駄だ。」
こんなことを言うから中年オヤジは嫌われるんだ。
そうなんだよ、京極君。私は後悔するが、反省はしないんだよ。

14歳の少女達のアクション・シーンは、妙なリアリティを感じる程でした。
それに「榎木津・少女版」ともいえる、美緒のキャラもはじめ、
麗猫や「2」の狂言回しの律子など、新たな京極ワールドが展開しました。
もっとも、京極夏彦にしても、歩未は扱いかねたか……
やや物足りない感もしましたが、中学生の女の子としては節度ある活劇というところでしょうか。
ただ、これをシリーズ化するのは困難かな、14、15歳という設定が……

『ルー・ガルー』の終盤に唐突に登場した(そして見せ場もなく)律子が、
『2』では葉月に代わって立派に狂言回し(関西弁が)を務めました。

とすれば、15歳になる前に、歩未を真っ正面に据えて、『3』を期待したいですね。
「満月の夜」ですよ、「味」も「DNA」も無しです。
そう、「世の中、不思議なことばかりなんだよ。」と中年オヤジに語らせましょう。

ということで、次は『豆腐小僧』ですか?



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2011年11月05日

宮部みゆき『三部作』(ぼんくら・日暮らし・おまえさん)

手練れだし、多分、上質の暇つぶしになるだろうとは思っていましたが……
『おまえさん』の平積みに食指が伸びましたね。

どうも「江戸市井もの」は、苦手だね、半村良のものも、私としては『鈴河岸物語』ぐらいで、
『どぶどろ』なんて、いくらファンでも、避けて通りたくなっちゃいます。

『ぼんくら』、『日暮らし』、あわせ6冊。まあ、読み応えはある。
でも、まず順序としては『ぼんくら』から、と、読み始めて、
「失敗した。面白くないとは言わないが、べとつかない周五郎モノなんて」って、
不埒な感想を持ってしまいました。

ところが、短編連作の、ミステリー仕掛けの「ちょいといいはなし」風に積み重ねて行く、
と思いきや、一つ一つがネタとなり、寄り道・伏線テンコ盛りで、良い塩梅の結末へと導いて行く。
さすが、宮部みゆき。これまた、拾い読みから一転、「ぼんくら」上下巻読了(笑)。

こういっちゃなんだけど、池波正太郎よりは上等でしたね。

平四郎は「若き日の」藤田まことか? その他の配役を考えるだけでも楽しめる。
しかし、藤田まことの代わりはなんとかなりそうだが、弓之助は?こいつは難問。

「暇をもてあましたら宮部みゆき」で、決まり!





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2011年10月27日

阿久悠「北の宿から」

やっぱり書いておきたいという誘惑には勝てませんでした。
都はるみの、ではなく、作詞:阿久悠の「北の宿から」です。

リリースされて、都はるみファンとしては、「うーん、阿久悠が作詞したのか」と
いわゆる演歌シーンをずらした作品に、こりゃあヒットするぞ、と思いました。
それは、「女ごころの未練でしょう」の箇所です。
きっぱりと言い切る潔さに、新しい「都はるみ」を感じました。
でも、だれも同意してくれません(泣)
もっとも、なんだこいつ、演歌の歌詞なんぞに入れ込んで…というところでしようか。

しかしどう考えても「女ごころの未練でしょうか」という縋り付くのが演歌の大道ですから
この「女ごころの未練でしょう」という断定は、歴史的な偉業です(もちろん大げさですが)

その後、この話題は封印(笑)してました。
イレブンPMだったでしようか、上岡龍太郎が立川談志をゲストにした番組でこの話題を振ったのです。
なんと、上岡龍太郎は私と同じ意見でした。が、その中で
「カラオケでは、『女ごころの未練でしょうか』と歌ってしまうそうです」と水を向けると
件の談志師匠、「そりゃ、歌詞が悪いんだ、替えちまえ」と宣ったのです。
この時も、落語以外は、この男にしゃべらせてはダメだ!と心底、思いました。
さすが、上岡龍太郎。すぐに他の話題に切り替え、もう二度と「北の宿から」には触れませんでしたけどね。

そうか、俺と上岡龍太郎だけか、淡谷のり子も悪態ついていたし……と、まぁ、こんな次第。

ところが、なんと朝日新聞が10月22日付「be」(うたの旅人)で、作曲の小林亜星の言葉を借り
「普通の作詞家なら、ここは絶対に『未練でしょうか』という問いかけになります。でもこの女性は違いました。誰かに答えを求めるのではなく、自分自身を客観的に見て『未練でしょう』と突き放しています。」と語らせていました。

しかし、朝日のタイトルは「誤解から生まれたヒット」でした。これじゃあ、ぶちこわしだ!
まぁ、何十年経っても、こんなもんでしょうかね。
posted by 風游 at 21:31| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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